彼女と付き合い始めて半年が経った。
「好き」と言って貰って喜んだものの、まだ何かしっくりこない。
いつも「会おう」と言うのは俺から。
野球の加減で自分が彼女に合わせられないのもあるけど、
「会いたい」と思って貰えないからなのか。
メッセージを送るのも自分から。
自分ばかりが彼女を想っているのだろうかと疑問がわく。
それに最近彼女から哲さんの名前が良く出てくる。
哲さんと知り合いだったのにも驚いたが、マネージャーに誘われた?
哲さんの事は尊敬してるし信頼もしてる。
けれど・・・・・・それとこれとは別問題で。
彼女のバイト先にしてもそうだ。
男の 名前があ がるたび、俺の中にドス黒い物が渦巻く。
その感情が何て言う物なのかも知ってる。
「は誰と付き合ってんの?」
何も考えずに出た言葉。
彼女は目をまん丸にして驚いていた。
「それ・・・どういう意味?」
「しょっちゅう会話で哲さんが出てくるじゃん?」
「・・・・・・」
コーヒースタンドで隣に座っていたを見る。
俯いていて表情が見えない。
「分かった。じゃあ、結城先輩と付き合う事にする」
「え?」
そう言って荷物を持って立ち上がった彼女は店を後にする。
呆けている場合じゃない。
自分も荷物を持ってトレイを下げて店を出る。
けれど周りを見渡しても彼女の姿を捉える事が出来なかった。
このまま会えなくなるのはまずい。
スマホを取り出して彼女に連絡を入れるけれど無機質な音声が流れるだけ。
急いでメッセージを入れて駅に向かう。
とにかく彼女が寄りそうな店などを見て回るが、どこにもいない。
そのまま電車に乗り、彼女の家に向かう。
インターホンを鳴らしても誰も出ない。
仕方ないから彼女の家の近くにある公園に向かう。
この公園なら駅からの帰路にあるから彼女が通ればわかるだろうと。
公園にいる間も彼女の電話番号を押し続けるけど繋がる事は無い。
メッセージが読まれていないという事は、電源を切っているのだろう。
またしばらく会えないのだから誤解を解かなくてはならない。
顔を上げて公園に設置されている時計を見る。
無情にもここにいられる時間になってしまった。
寮には門限がある為、戻らなければならないのだ。
「クソッ!」
本当ならこのまま彼女が帰るまで待っていたい。
けれど野球を疎かにするまねも出来ない。
しかたなく腰を上げて駅に向かう。
けれど彼女と会うどころか、連絡すら取れなくなってしまった。
彼女と連絡が取れなくなって3週間。
付き合い始めてこんなに声を聞かなかったのは初めてだった。
野球に影響しない様にしても、何かあると思いだしてしまう。
強制的に気持ちを切り替えないとエラーしてしまいそうなほどだ。
正直、限界だった。
練習の後、仮病を装い自主練をしないでいた。
先輩にはここの所の不調も相まってバレてたみたいだけど。
とりあえず急いで彼女の大学に向かう。
けれど・・・・・・どこにいるのだろうか。
近くにあった案内板を見る。
「御幸・・・一也、さん・・・ですか?」
振り向くと知らない女性が立っていた。
「はい、そうですけど」
「うちの大学に用事ですか?」
「ちょっと人を探していて」
「良かったら案内しますけど」
このまま大学に入って行くのも難しいと思い、彼女を頼る事にした。
そしてを探してると告げると、一瞬彼女が顔を歪め「知ってます」と言った。
の知り合いに会えたのはラッキーだった。
案内されながら話をすると、彼女は野球部の所属らしい。
どうりで俺を知ってるワケだ。
そして食堂の様な場所に着く。
そして・・・いた。後ろ姿でもが分かった。
二人で近づいていき彼女が「さん」と声を掛けた。
が振り返り「先輩」と言って驚いていた。
「私は案内しただけよ、それじゃあ」と彼女が立ち去ろうとするのでお礼を言う。
軽く頭を下げて彼女はここを後にした。
「なんで・・・」
「連絡取れねえし。来るしかねえじゃん」
「もう終わったんでしょ」
机の上に広げられたテキスト等を纏め出す彼女の手を掴んだ。
「終わってねえし、終わらせるつもりも無いし。話聞くまで離すつもりもないよ」
は息を長く吐いて俺を見た。
「ごめん」
「・・・・・・」
「ヤキモチ妬いた」
「え?ヤキモチ?」
「・・・・・・そう」
「なんで」
「なんでって・・・。俺は哲さんみたいに一緒にいられる時間少ないし。普段のを見る事が出来ないし」
「・・・・・・」
「からは哲さんの名前良く出るし。つーか、なんか俺ばっか好きって感じするし」
最後の方はこっぱずかしくて彼女の顔を見ていられなくて横を向く。
するとクスクス笑う彼女の声。
を見れば久しぶりにみる笑顔だった。
「なに」
「一也でもそういう事、考えるんだなーって」
「笑いごとじゃねえし」
「そうだね。とりあえず行こう」
「え?どこに?」
彼女は荷物を纏めて俺の手を引くと食堂を後にした。
建物を抜けると開けた場所に出る。
中庭にしてはデカく、グランドの様な物がある。
サッカーグランドを通り過ぎると、野球場があった。
「どこから入るんだろ?」
入る所も知らない彼女と一緒にフェンスを開けてバックネット裏に向かう。
高校野球ともプロ野球とも違う雰囲気があるな。
ピッチャーはそれなりの球種を持っていて、リードするのが面白そうな人だ。
一塁側に視線を移すと、案内してくれた人がいた。
「あ、さっきの」
「先輩って言うの。多分一也の事を好きなんじゃないかな」
「あー・・・」
確かに会った時にそれは感じた。
けれど何か言われたわけではないし、自分から突く話題でも無い。
「あ、あの人、分かる?」
そのさんとやらの後ろの方に三人の女性がいた。
「あのポニーテールの人、結城先輩の彼女だよ」
「え?」
あの哲さんに彼女?
マネージャーって言うのがまた。
きっと天然の哲さんに、しっかりしたマネージャーなんだろうな。
そんな事を考えていると、横から声がかかる。
「御幸、来てたのか」
「哲さん、お久しぶりです。調子はどうですか?」
「そうだな。次こそはリーグ優勝するさ。お前こそどうなんだ?二軍で活躍してるそうだが」
「そうですね。来年には上に上がれそうです」
「それは凄いな。そうなると再び成宮と対戦する事になるな」
「そうですね。結構楽しみですよ」
「それで?仲直りはしたのか?」
「「え?」」
「の元気が無かったからな」
「あはは、さすがですね」
変な所天然で、変な所で鋭いんだよな・・・
そして挨拶もしたし、グランドを後にした。
学校を出て一緒に夕飯を食べる事にした。
そして食べ終わって彼女の家まで送る時、近くの公園に寄る事にした。
「私はちゃんと一也の事が好きだよ?会いたいとも思うし、電話もしたい。でもそれが叶わなくて嫌な思いをするなら我慢する方が良いと思ってる」
「・・・」
俺は彼女を抱きしめた。
久し振りに感じる彼女の体温。
「あのさ、が大学卒業したら一緒に住もう」
「え?」
「もちろん、その先の事も色々考えてるからさ。離れてるのがイヤなんだよ」
「一也・・・」
「まだ時間あるしさ、考えといてよ」
「分かった」
返事と共に回された腕に力が入った。
彼女の髪にキスする。
「離れがたいんですけど」
「我慢してね」
腕の中でクスクス笑う彼女。
思わず空を見上げて、息を長く吐いた。
2017/3/9