第三話



さんは何も言わずに帰って行った。

そしてメールが届く。

【忘れて】と。

旦那になる男が浮気をしていたらしい。

けれど結婚に向けて最後の逢瀬をしていたのをさんが見てしまった。

あれからひたすら謝られ、元通りになったらしい。

俺は「良かったな」とだけ返事を出した。

『今日会いたいんだけど』

やるせない想いを持て余し、さんに連絡を入れる。

最初はOKの返事だったけど、夕方になってから断りの連絡が入った。

残業なら仕方ない。

後輩を呼び出して、飯を食いに出掛けた。



それから何度誘いの連絡を入れても、さんからOKの返事が来ない。

毎日連絡を入れていると、俺のオフの月曜に夕飯だけならとOKが出た。

けれど俺の家まで来る時間が無いから外食をしようと。

そして彼女と待ち合わせをしている店に向かう。

そこは個室になっている、洒落た店だった。

会社に近いから、頻繁にこの店に来てるらしい。

「あ、さーん、いらっしゃい。デート?」

「違いますー。これとこれと・・・あとこれと」

従業員と親しいらしく、お互い笑いながら注文をしていく。

彼女は俺と会っていてもデートとは言わない。

手も繋がない、並んで歩かない。

それは俺自身が一般人じゃないからだろうと思っていた。

「少し、痩せたんじゃね?」

「んー仕事が忙しくて」

「無理言ってごめん」

「大丈夫」

そして運ばれてきた料理に手を付ける。

トラットリアと言うだけあって、気軽に食べれるイタリアンだった。

ワインを開け、注文した料理をたいらげる。

「ありがとうございました~」

店を出た瞬間に吹き抜ける風が気持ちいい。

駅まで並んで歩く。

彼女の腕を掴み、駅の手前にあるラブホテルに入ろうとする。

けれど、その寸前で彼女が立ち止った。

「嫌?」

「やっぱり・・・抱くんだ」

「今日はダメ?」

「彼女を抱いた手で、私を抱くんだね」

「え?」

「ごめん、やっぱり耐えられない。もう、無理」

彼女の目から涙があふれ出す。

さん?」

彼女が1つ瞬きをすると、新しい涙があふれ出す。

それを拭う事も出来ずに見ていた。

「さようなら、一也君。もう会わない」

そしてさんが走り出した。

その後ろ姿を、俺は見えなくなるまで見ていた。

というより現状の把握が出来ず、足が動かなかった。


2017.05.06