第二話
「半年後に結婚するの」
それはさんの口から出た言葉。
「へえ、おめでとう」
気持ちを押し隠して告げる言葉に内心で苦笑いする。
顔に出さないのは捕手なんて仕事柄だけではないはずだ。
「一也君も出席してよ。彼、野球好きなのよ。サプライズで」
「・・・・・・いいよ」
それからお互いの話をして、その日は別れた。
さんとはあれから何度かお茶をしている。
それをさんには言わないでいた。
さんと会う時間に被らなかったのもあったし、お茶だけだから疚しい事は何も無いし。
けれど自分の気持ちがさんにあるのを自覚し、さんに対する後ろめたさが募る。
けれどそれを払拭するくらいさんとの時間が楽しかったのだ。
「私の親友がね、最近元気無いの」
「何かあったんじゃないの?彼氏とかと」
「それが彼女独り身なのよね。でもすっごい好きな人がいるんだって」
「へぇ・・・」
「けれどその人に好きな人がいるんだって」
「・・・・・・」
「その子かわいいし、奪っちゃえ!って言ったんだけど出来ないって」
「・・・・・・何で?」
「相手の人が幸せじゃないからって言うの。でも彼女を好きになれば幸せになれるのに」
「何でさんが断言すんの?」
「私が男だったら、絶対に彼女と結婚するもん!」
「へぇ・・・。そんなに良い女なんだ?」
「そうだよ!あ!!一也君彼女いないんだよね?紹介しようか?」
「えー・・・紹介とか面倒だし」
「あ、そっか・・・。周りにいっぱいいるもんね」
「いねえし!!!」
この時までさんは幸せそうだった。
「ちょっ!何してんの!!?」
俺のマンションの入り口に、さんが立っていた。
この日は夕方からゲリラ豪雨で、先輩からの飲みの誘いも1軒で済んだ。
だから飲みに行く日の中では早く帰れた方だけど、さんは傘もささずにずぶ濡れで。
近付くと顔は雨だけではなく、涙で濡れていた。
「さん」
名前を呼んで無駄だと思ったけど自分の傘に入れる。
俺と目が合った瞬間、彼女の体が揺れて俺にしがみついてきた。
冷たい体が揺れて泣きじゃくる。
とりあえず彼女を促し、部屋へと帰った。
そのまま脱衣所へ向かい、風呂の準備をする。
「ごめん、一也君も濡れちゃった」
「それはいいけど。ちゃんと温まれよ。今、着替え持ってくるから」
さんの横をすり抜けて脱衣所を出ようとすると、彼女の腕が俺のシャツを掴んだ。
「さん?」
「・・・・・・で、いかないで。一人にしないで」
小さな声でも、俺が聞き逃すはずがない。
彼女を抱きしめ、唇を重ねる。
そして彼女を抱きかかえ、風呂場へ移動した。
大泣きしたのと何度も抱いたので疲れ果てたさんが俺の腕の中で寝ている。
いつもこの場所にいるのはさんなのに。
本当に好きな女を抱いただけなのに、これも浮気になるのだろうか?
充足感と背徳感がせめぎ合う。
罪悪感を示すように光るスマートフォン。
きっとさんからのメッセージ。
それを見なかった事にすべく、俺はさんを抱きしめて眠った。
2017.05.02