第一話



惚れた女には、婚約者がいた。



「もしかして一也君?」

それは本当に偶然だった。

待ち合わせ場所に早く着いて待っている時に声を掛けられた。

それは自分の初恋の人だったから。

「久しぶり、さん」

「一也君から『さん』付けで呼ばれるなんて慣れないわ」

「子供じゃないからね」

「あ!待ち合わせなのよね。彼女?」

「だったら良かったんだけど」

「今度ゆっくりお茶でもしない?でも野球で忙しいか」

「かまわないよ。じゃあ、連絡先」

財布の中から名刺を出し、彼女へ差し出す。

彼女はにっこり笑って、それを受け取った。

「それよりさんこそ待ち合わせじゃないの?」

「そうなの 。それじゃあね」

そして彼女は去って行った。

背中が、肩が、頭のてっぺんが見えなくなるまで見続けた。

見えなくなって溜息をつき待ち人を探そうと反対を向くと、

丁度彼女がこちらへと歩いてくるところだった。

「ごめん、待たせちゃった」

「時間通りだよ。俺が早かっただけ」

「・・・・・・・いこうか」

彼女が歩き始めたので俺は隣に並んで歩く。

彼女は

高校を卒業してプロ入りした俺が最初に連れて行かれた合コンで知り合った。

さんが自分のモノになると思ってなかったけど惚れてたし、

合コンを断る口実にもなるからとさんと付き合いだした。

俺より3つ上で、さんと同じ歳。

今さっき気付いたけど、さんとさんは同じ髪型をしている。

肩より少し長い髪をパーマでクルっとさせてる。

違うのは髪色だろうか?

最近よく見かける髪型と言えばそうなんだけど。

なんとなくさんの髪に手を伸ばす。

「どうかした?」

「いや、ゴミが付いてただけ」

「ありがとう」

そして彼女と一緒に俺の部屋へ向かう。

うちで一緒に料理をして食べて、彼女が泊まっていく。

それが俺達のデートコース。

外で飯を食うのも、一緒に出掛けるのも断られる。

それなのに俺の部屋には彼女の物が1つも無い。

彼女との付き合いは最近では無く、もう年単位の付き合いなのにだ。

どこかでお互い遠慮している。

俺からすれば後ろめたい気持ちがあるからだろう。

けれどさんは?

彼女は俺との別れがあると思っているのだろうか。

俺自身もさんとの結婚などを考えていないから、それに甘えている。

もうすぐ3年の付き合いになるのに……

俺はさんの事を何1つ理解していなかったと思い知らされる事となる。


2017.04.28