第六話



視点*



あったかい・・・・・・

フワフワした感覚で、自分がもうすぐ目を覚ますのが分かった。

けれど体を動かすと違和感がある。

窮屈な感じからすると、ブラジャーを付けたまま寝てるみたいだ。

体を動かすと「ん・・・・・」と自分じゃない声がした。

ああ、あの人が泊まりに・・・・・え?

そこで目を開けた。

飛び込んで来たのは唇。

「え?」

頭が真っ白になって身動きも止まった。

どのくらいそうしていたか分からないけど、その唇から笑い声が漏れて来た。

「おはよ・・・」

聞きなれた声が聞こえ、身体が抱きしめられ、額にキスされた。

「え?」

「まだ寝ぼけてんならキスしようか?」

「えぇーー!?」

と思わず上半身を反る。

「結婚したら、おはようのチュウとお帰りのチュウはして欲しいかな」

「なっ!?」

「今日は仕事何時から?」

「え?あ・・・今日は夜勤なので夕方」

「んじゃ、もう少し一緒に寝ようよ」

そう言いながら一也さんは私の腕を引いた。

そしてその腕の中に私を閉じ込める。

「あったけぇ・・・」

正直、この腕の中では安心できるというか、ほっとすると言うか・・・

と思った矢先、Tシャツの中に彼の掌が入り込んで来た。

「ちょっ・・・やぁっ!?」

「ごめん、ちょっと限界」

温かい掌が背中を這いあがり、苦しかったブラジャーのホックが外される。

そしてベッドに押さえつけられた。

「好きだから。大事にしたいからさ、一晩我慢したご褒美くんない?」

これから行われる行為の前置きの様な告白。

いや、彼はちゃんと結婚を前提としてと言ってくれている。

心が弱ってる所に付け込まれた気もするけど、一也さんなら良いかなって気がしてる。

特別女性に甘い訳じゃなくて、どこか距離を取っているような彼。

その彼の懐に入れて貰えている・・・んだと思う。

そっと重なる唇・・・・・・私は口を少し開いて彼を受け入れる。

優しいキスが続き、私を労わるような優しい愛撫、彼の思いをぶつけるような腰の動きに・・・私は酔いしれて意識を手放した。





次に目が覚めたのはお昼もだいぶ過ぎてからだった。

体のダルさに加え、空腹でお腹が鳴って目が覚めた。

うつ伏せで寝ていた私は腕を付いて体を起こす。

「良い眺め」

と声が聞こえて声の方を見ると一也さんがスウェットの上下に着替えていたけれど汗まみれだった。

「あっ・・・」

自分が真っ裸なのを思いだし、とっさに腕で隠しながら上掛けを手繰り寄せる。

「もう全部見たのに」

「いえ、そういう問題では・・・ぐぅぅ・・・」

空気を読まない腹の音が部屋に響いた。

「昼飯、出来てるよ・・・くくくっ・・・」

「う・・・一也さんのせいでもありますから」

「はっはっは。なんなら食事の後にも運動する?」

「しません!と言うか、運動したんですか?」

「ん?ああ、ランニングをね。オフでも体は動かさないと。風呂場、案内するよ」

「でも一也さん」

「ああ、俺、まだ筋トレの途中だから。後にするよ」

そしてお風呂場に案内され、沸いていたお風呂に体を沈めた。

かなり大きい湯船だ。

壁には小さなテレビがあり、その横にはボタンが並んでいる。

湯船に沢山ある金属の穴、天井にも小さな穴が。

多分ジャグジーでサウナにもなるんだろう。

ホテルの様な設備のある場所に日頃から住んでいるんだなと、距離を感じてしまった。

内蔵されているデジタル時計は14時と出ている。

「あれ?そういえばここってどこだろう?」

ここから職場までの通勤時間、可能であれば着替えに帰りたい。

私は急いで体を洗って浴室を出た。

浴室を出ると良い香りがした。

「あ、タインミング良いね。飯、出来たよ。と言っても簡単なもんだけど」

どんぶり片手にキッチンから出て来た一也さん。

テーブルには煮びたしと親子丼とお味噌汁が並んでいた。

「すごい・・・これ、一也さんが?」

「ん?そうだけど?と、1人にして悪いけどシャワー浴びてくる」

「あ、あの!16時半には職場に行きたいんですけど」

「ああ、ここは職場まで車で15分だよ。ちゃんと送って行くから」

そう言って一也さんは浴室に入って行った。

と言う事は、時間的には余裕がある。

後は家に帰る余裕があるかどうかだ。

とりあえず空腹を満たさなければならない。

正直言って、自分の為に作られた男性の食事と言うのは初めてだ。

「・・・・・・おいしい」

煮びたしにしても中まで味がついているし、親子丼も優しい味がした。

お風呂からあがった一也さんは、とてつもない色気を纏っていた。

そこから目を背けつつ、一度家に帰りたいと話をすると車で送って行くと言われた。

時間を考えてもそれしかない。

そして車が職場の近くに停められた。

「それじゃあ、送ってくださり、ありがとうございました」

「・・・・・・また連絡する。ちゃんと俺の事も考えて」

そう言って腕が延びてきて頭を移動させられ、軽く唇が触れ合った。

子の唇がさっきまで私の体を・・・・

「し、失礼します!」

急いで車を降りたけど、一也さんの笑い声が社内に響いていた。

振り返るのも恥ずかしくて職場に入ってロッカールームへ向かう。

「はぁ・・・・・・」

顔が火照ってる。

理由は一也さんしかないのだが、彼に踏み込めないでいる。

彼は私に「甘さ」をくれる。

それは今まで経験した事が無い程の甘さだ。

その甘さが非現実的過ぎて、夢の中にいるような物語の主人公になった様な気がする。

非現実的だけど現実なのだ。

それは今日、彼に抱かれたから尚更・・・・・・ダメだ、恥ずかしい!!

「どうしよう・・・」

それしか言葉が出てこなかった。

着替えを済ませてロッカーに鍵を掛けて仕事に行く。

あれこれ動き回っていると利用者に「さん虫食われてるわよ?」と言われた。

「え?どこですか?」

「ほら、ここ・・・・・・あら?腫れてないわね?」

そこまで言われて思い当たった。

私はその場所を掌で隠してロッカールームへ向かう。

その途中で誰かに腕を掴まれた。

「具合でも・・・・・・へぇ?新しい男が出来たのか」

腕を掴んだのは、一番見られたくなかったホーム長だった。


2017/11/08