第三話
次の日が休みだと聞いたから、昼飯に誘った。
やっぱり最初は断られたけど、見合いの件を持ち出してうんと言わせた。
午前中は寝ていたいし、掃除も洗濯もしたいと言われたので夕飯で手を打つ。
待ち合わせは彼女の家に行く時に乗り換えをする駅にした。
約束は6時で駅に着いた電車に飛び乗ったら15分前に着いてしまった。
それならばと待ち合わせ近くのコーヒースタンドに入る。
「いらっしゃいませー」
と大きな女性の声が聞こえて座れるか店内を見渡してみる。
するとそこには、これから会うはずのちゃんがいた。
スマホを見て溜息を付き、トレイを持って立ち上がる。
俺はレジを横切 って彼女 の方へ向かう。
トレイを片付けたちゃんは席にある大きな袋を持ってこちらを見て驚いた。
「早いじゃん」
「っ!?御幸さんこそ」
「用事終わったなら一緒に出ようぜ」
「あ、もう1つだけ」
「何?」
「荷物をロッカーに入れようと」
「ああ、それなら俺が持つよ」
「え?それはちょっと。大きくて邪魔になるので」
「良いって。行こう」
片手で大きな袋を持ち、反対の手で彼女の手を掴んで引っ張って店を出た。
「好き嫌いある?」
「いえ、あまり」
「店、俺が決めて良い?」
「はい」
「んじゃ行こう」
「あ、あの!」
「荷物は俺が持つし、手を離すつもりも無いよ。で、なに?」
「いえ・・・」
俺はそのまま手を繋いで街を歩く。
手にした袋は大きいけど重さとしては軽い。
だから中身を聞いてみると風呂の洗面道具なんだとか。
そんな袋持って彼女と手を繋いで歩いている今が、なんとなく新婚みたいだなと思った。
無難なイタリアンレストランを選んで店内へ入る。
向かい合って座り、あれこれと注文をしていく。
お酒も弱くは無いらしいのでビールとワインを頼む。
いたって話は俺から質問してちゃんが答えるって感じだ。
介護福祉士でお年寄りの生活を手助けしている事、この資格は国家試験で取るものだとか。
一番盛り上がったのはナベと奥さんの話しだった。
「何でナベは久志って名前で呼んでるのに俺は苗字なの?」
「友達も渡辺なので」
「名前で呼んでよ。俺も呼んでるし」
「恐れ多いです」
「曲がりなりにも結婚しようとした相手じゃん」
「そ、それは!」
「名前」
そう言い寄れば彼女は深く息を吐いて「一也さん」と言った。
せっかくの気分をぶち壊すように彼女のスマートフォンが振動する。
「出て良いよ?」と言えばすいませんと言って彼女がポケットから携帯を取り出す。
けれど指をスワイプして電話に出る事はしなかった。
「すいません」
「もしかして元カレ?」
茶化す意味合いでそう言うと、彼女は「そんなところです」と苦笑い。
その顔は俺の心に何か変化を起こした。
「そんな顔すんなって。結婚相手が出来たって言えばいいんだし」
「いえいえ、結婚しませんから。私、断りましたよね?」
「その後に結婚を前提で付き合って欲しいって言ったよね?」
彼女の泣きそうな顔を見て、はっとなった。
俺は何をそんなに急いでいるんだろう。
野球と同じでゆっくり詰めていかなければいけないのに。
けれどどうしても、彼女を手に入れたかった。
2017/10/27