ここから始まる恋物語 第2話




昨日の帰りに御幸選手と連絡先を教えあった。

あれから二日経つけど何の連絡も無いのでラッキーと思っていた。

(今日は新作のレンタルが始まるから・・・)

そんな事を考えながらビルを出る。

ちゃん」

「え?」

ビルを出た所で名前を呼ばれる。

声の方向へ顔を上げると、ガードレールに座る御幸選手がいた。

「お疲れ様。連絡もしないでごめん。今から時間ある?」

「えーと・・・・・・」

このまま彼と食事に出ればレンタルが無くなる可能性がある。

既に無いかもしれない可能性もあるんだけど・・・・・・

「あの、駅前で用事をすませれば」

「じゃあ、一緒に行くからその後に飯に行こうよ」

「あ、はい」

そして並んで駅前に向かう。

レンタルショップに行きたいんだと告げれば「へぇ」と言われ、店内に一緒に入った。

そして御幸選手は私の後をついてくる。

新作の棚に向かえば、残り僅かでもDVDが入っている。

そのうちの一本を取り出した。

そして背後にもある新作の棚へ。

ここはメジャーとは言えない作品が並ぶ。

「あった!」

「なにそれ」

「うわっ!?」

私の背後から御幸選手が声を掛けて来た。

しかも私の肩越しに手元のDVDを見ている。

「あ、これはボリウッドです」

「ボリウッド?」

「インドのムンバイの旧名称ボンベイの「B」と、アメリカのハリウッドを合わせた言葉らしいです」

「へぇ・・・面白いの?」

「んー・・・ちょっと変わってますね。私の印象からするとストーリーのある音楽とダンスと言う感じです」

「変わってるね」

「そうですね。映画館でも【マサラ上映】と言う特別な方法をとったりもします」

「マサラ?」

「普通の映画館は静かに観ますよね?マサラ上映だと観客も歌って踊るんです。さすがにこれは経験無いですけど」

「へぇー」

「じゃあ、これ、借りてきますので」

「ん・・・」

さっと借りて終わらせようと思ったけど、御幸選手は隣にいる。

彼がどこを見てるのか気になるけど顔を上げられない。

いや、もう本当に分からない。

店を出ると「こっち」と言われてついていく。

到着したのはコインパーキング。

ドアロックが解除されて助手席に座らされ、会計を済ませた御幸選手が運転席に乗り込む。

エンジンを掛けて車はゆっくり走り出した。

先輩から格安で譲って貰ったという国産車はとても静かで、乗用車よりは車高の高いタイプ。

初めて乗る車からの景色が、妙に面白かった。

「ドライブ、好きなの?」

「いえ、車高の高い車が初めてで」

「車高が違うと景色変わって面白いよな」

「・・・はい」

そして私は再び窓の外へ視線をうつした。

車が止まったのはマンションの地下駐車場。

ここは御幸選手のマンションらしい。

車を停めてエレベーターで1階にあがると建物を出た。

「あそこが最寄りの○○駅だから」

指差された方に電車が見えた。

今度から電車で来いと言う事だろうか?

とりあえず彼について行くと古びたお店のドアを開けた。

「こんばんは~」

「おぉ御幸君!いらっしゃい・・・と、彼女かい?」

「はっはっは。そうですよー」

「女の子とデートで来る店じゃないのに!ダメよ?」

「大丈夫。今日の日替わりは?」

「今日は鯵の良いのが入ったから刺身だよ」

「じゃあ、俺はそれ。ちゃんは何にする?」

「私もそれで」

頼んで5分もしないうちに、お膳が2つ運ばれてくる。

そこにはご飯、味噌汁、お刺身にサラダに煮物にお漬物。

私が大好きな【定食】が目の前に並んだ。

「い、いただきます」

「いただきまーす」

テーブルに大量に刺さっている塗り箸を1膳とり、お茶碗を持つ。

そして刺身を1枚醤油につけて口に運ぶ。

口に広がる鯵の脂。

「お、おいしぃ~」

煮物も面取りがされていて中まで味が染み込んでいる。

(ヤバイ・・・このお店、良い!)

とにもかくにも無心で食べた!

「はぁ・・・おいしかった」

「ぷっ・・・・・・」

どんぶり飯を持ち、お箸の方の手で口元を押さえて笑いを堪えている御幸選手がいた。

あ、この人の事、忘れてた・・・

「す、すいません!」

「いや・・・ぷくくくっ・・・気に入ったみたいだね」

「美味しかったので・・・」

「いいんじゃない?あ、おばちゃん、おかわり」

御幸選手はどんぶり飯をおかわりし、それを食べきっていた。

そして御幸選手が会計を済ませ(出させてくれなかった)店を後にする。

「どうする?いきなり家ってのもハードル高いだろうからブラブラする?」

時計を確認するとまだ7時過ぎだ。

今から帰って寝る準備を済ませれば借りて来た映画が1本は見れる。

「えーっと私はそろそろ」

「あ、帰るのは無しね。カノジョなんだし」

「あー・・・」

そうだった。

私は彼の『彼女』を演じなければならないのだ。

まいったな・・・・・・

「もしかして借りたDVDが気になってる?」

「えーっと・・・」

ちゃん、顔に出てるよ」

「うっ・・・」

「んじゃ、俺ん家で見れば?」

「それはちょっと」

「悪いけど俺はちゃんとの一緒の時間が必要だから俺がちゃんの家に行っても良いけど?」

「それは絶対無理です」

「んじゃ、とりあえずウチに行こうか」

そう言って彼は私の手を取った。

しかも恋人繋ぎで。

「っ!!!!?」

その時、肩越しに振り返った御幸選手が、ふっと笑った気がした。


2017/07/28