それは、冬合宿直前の二日前の事だった。
マネージャーである梅本からのメールが昼休みに届いたのがとの最初の出来事となる。
内容は昨日インフルエンザで休んだ夏川に続き、自分もインフルエンザになったと。
ここで2年のマネ二人共離脱と言うのは正直痛手でしかない。
メールには『助っ人を頼んでおいた』とあったが、一朝一夕でどうにかなる訳じゃない。
(監督と相談だな…)
『了解。お大事に』と返事を入れ、携帯をポケットにしまった。
授業が終わって寮に戻って着替えを済ませグラウンド近くまで来ると、前を歩く女生徒がいた。
見学にくる女生徒が少なからずいるから不思議は無いけど、その子はフェンスを掴んで中を覗き込んだ。
グラウンドには既に先に来てる部員もいる。
「誰か探してるの?」
声を掛けて振り向いたのは同じクラスのだった。
そして「あ、御幸君。えーと部長の御幸君を探し……え?主将?御幸ってこの御幸君!?」と俺とグラウンドを行ったり来たりと視線を彷徨わせ、最終的に俺を見て物凄く驚いた顔をした。
なんか良く分からないけど口元を抑え軽くパニックってる。
「野球部の主将の御幸なら俺だけど?」
「え?嘘……」
「いやいや、嘘って言われても」
「御幸君って野球上手いの?」
「下手では無いかな。んで、どうしたの?」
「ああ、えっと、幸子に頼まれて」
「マネージャー?」
「そうそう。まあ、メインは料理の方だけど」
「え?って料理出来んの?」
「あ、失礼だな。これでも一応料理部です」
「へぇ……」
は肩に届かないくらいの短い髪で、常に何本ものピンで顔をスッキリとさせている。
そのせいかサバサバした印象で、料理とか失礼だけど女らしい事とは無縁そうだった。
倉持と格闘トークもしてたし。
「んじゃ、とりあえず1年のマネ紹介するよ。何かわかんなかったら遠慮なく聞いてくれればいいし」
「―――分かった」
とりあえず二人を引き合わせ、俺も部活へ戻った。
「休憩でーす」
気が付けば貴子先輩が手伝っていて、いつも通りにおにぎりが並んでいた。
「キャップ!この人は誰でしょう」
いつも通りのデカい声で呼ばれ、沢村が指さす先には。
「ああ、皆にも紹介しておく。梅本と夏川の代理マネの」
「です。よろしく」
「今日のおにぎりは全部さんが作ってくれました~。ありがとうございます、先輩」
と、おっちょこちょい後輩マネが更に付け加える。
「ヒャハ!、料理出来たんだな」
「料理部なんてあったの知らなかったよ」
と、新しい臨時マネの話題で盛り上がった。
あらかた腹を満たし終えると再び練習が再開される。
はベンチでボール磨きをしていたり、マネ2人と一緒にあれこれと動いていた。
それから夕飯を作って一緒に食べて、夜食も作ってくれたらしい。
「だからこの握りで…」
「それだと届かなかっただろ……って、?」
食堂に戻るとが通学バックを締め、上着を羽織ってる所だった。
「ああ、お疲れ様。こんな時間まで練習なんだね」
「まあな。これから帰んの?」
「そう、ああ、そこに夜食作っておいたよ」
「マジっすか!ありがとうございます!!!!さっそく」
隣にいた沢村はに頭を下げると、すぐさまおにぎりの方へと行った。
「って寮だっけ?」
「通いだよ。まあ、自転車で10分だけど」
「え?マジで?んじゃ、送ってく」
「え?いらないいらない!遊んで帰ればこのくらいの時間になるし」
「それはそれ、これはこれだろ?沢村ー!俺、の事送ってくるから監督に言っといて」
「了解っす!マネさん、お疲れ様でしたー!」
「、悪いけどちょっとだけ待ってて。つーか自転車置き場で待ってて」
俺は上着を取りに部屋へ行き途中で会った部員にを送ってくると伝えて自転車置き場へ向かった。
自転車置き場は薄暗く、街灯の頼りない光の下に自転車に跨った女生徒がいた。
「あれ?御幸君来てたんだ」
「え??」
自転車に座ってたのはで、さっきとは違う髪型をしていた。
「さっきと髪型違くない?」
「え?……ああ、コートの袖のボタンで引っかけたから。鏡も暗くて見えないからピンを全部外したからかな?」
「ああ、それでか。いっつも耳が見えてるから別人に見えたよ」
「そこまで?」
クスクスと笑う横顔が普段とは別人の様に、大人びて見えた。
2019/04/03