最終話



視点


「ごめんなさい」

一也君に偶然会ってしまった後、私は同僚の彼に謝った。

やはり彼とは付き合えないのだ。

付き合ったとしても、同僚が私と同じ思いをするのだから。

本当は縋りついてしまいたい。

綺麗事かもしれないけれど、多分私は一也君が好きなままなんだと思う。

彼と過ごした甘い時間は夢だったのだ。

彼からのアドレスは拒否しているし、電話も出ていない。

今度の休みに携帯を買い替えて番号を変えてしまおう。

だからまた昔のファンに戻れば良い。

結婚式の後から「新婚の邪魔をしたくない」と言ってにも1回しか会っていないのだ。

とはもう少し時間を置けば、元通りになれるはずだから。




あれから半年。

職場を変え、引越しもしたし、携帯も買い替えた。

引越し先の家には野球雑誌が増えている。

シーズンも後半に入ってから調子をあげているらしく、打率等で成績を残していた。

私はといえば、新しい職場にも慣れてきた。

今は職場付近の美味しいランチの店を探すのが楽しみの1つ。

そして先月、落ち着いた私はに連絡を取って飲みに出掛けた。

話題は旦那の話しばかりで、幸せそうな彼女を見て心から喜んだのだ。

そして一昨日、から届いたメールに『大事な話があるから会って話したい』と言われて今日会う事になっている。

大事な話・・・・・・子供でも出来たのかな?

最近あの二人のラブラブっぷりは目に余る。

どっちだろう・・・・・・男の子でも女の子でも絶対に可愛い!

待ち合わせ場所に向かう途中の子供服に目が行ってしまう。

小さい・・・・・・。

女の子ならこんな格好をさせて、男の子なら・・・あー!兄弟とか双子も良い!!!

そんな事を考えながら、待ち合わせの店に向かう。

「予約したですが」

様ですね。お連れ様がお待ちです」

店員の後をついて行き、パーテーションで区切られたスペースへ。

そして中に入ると「よっ」と手を挙げたのはでは無かった。

「一也君・・・・・・」

「とりあえず座って。飯でも食おうよ」

メニューを見て料理を選んでオーダーする。

直ぐに運ばれてきた飲み物で乾杯。

お互いの事には触れず、雑談だけしていた。

料理が全て運ばれて来て、ようやく核心に入って行く。

「もっと早く動きたかったけどシーズン突入して動けなかったんだよね」

「・・・・・・」

「単刀直入だけどさ。やり直したいんだ」

「え?」

「いや、違うな。新たに始めたいんだから。結婚を前提として付き合って貰えませんか?だな」

「一也君・・・」

「前の時はさ、不誠実だった自覚有るし。でも今度は違う。さんが好きだから」

「・・・・・・」

「今回協力して貰ったけど、さんが嫌ならもう二度とさんには会わないよ」

「え?」

「それくらい真剣だって事。今、この場で連絡先を拒否して消しても良いし」

「・・・・・・」

「だからさ、さんも今度は正々堂々俺と付き合ってよ」

「・・・・・・」

「置いて行ったものなんか何も無いと思ってるかもしらねえけど、色々あったぜ?俺の家にさ」

「一也君」

「今度は一緒に物も思い出も増やしていってよ。いずれは家族もさ。左手貸して」

「手?」

彼に手を差し出すと、薬指に指輪が嵌められた。

それはダイヤのエンゲージリング。

「これ!?ちょっと待って!一気に話が進んで」

「好きなんて言葉じゃ足らないくらい愛してるから。今度こそさんを幸せにするし、俺を幸せに出来るのはさんしかいないって気付いたからさ。俺を幸せにしてくんない?」

「ずるい」

「はっはっはっ。良く言われる」

私の指に嵌めた指輪を撫でながら、視線が逸らされる事は無い。

一気に話が進み過ぎて頭の中が整理出来ないでいる。

けれど一也君は待ってくれない。

「で?俺は泣けば良いの?喜べば良いの?」

「泣けば良いよ、今日は」

「明日は喜んでいいんだ?」

「気が変わらなかったらね」

「それじゃあ一番で喜べるように一緒にいてよ、ホテル取ってあるからさ」

「そういう問題じゃ」

「じゃあさん家でも良い。一秒も離れたく無いから。だから今すぐ覚悟決めてよ」

断り切れないのは結局のところ、私も彼との時間を共有したいのだ。

早々に食事を済ませて店を出る。

彼に手を引かれ、駅前のビジネスホテルへと入った。

元々チェックインしてたらしく、鍵を受け取って部屋へ入る。

会話らしい会話も無くベッドに行き、久しぶりに体を重ねた。



「・・・・・

「ん・・・・・」

名前を呼ばれて目をゆっくり開ける。

真っ暗な部屋。

背後にある温もりが言葉を発する度に揺れ動く。

「12時過ぎたから喜んでいい?」

「え?」

部屋を見渡し、真っ暗な中で光る数字は【12:03】だった。

視界が動いて天井が目に入る。

すかさず一也君が映りこんできた。

彼は私の左手を取り、指輪をしている場所にキスをする。

私は両手を広げて彼を抱き寄せる。

「好き・・・すっと好きだった」

「俺はの全てを独占したいくらい愛してるよ」

少しでも彼に同じ気持ちを味わって貰おうとしたのに、日付が変わって起こされるとは思わなかった。

その事を後から話したら

「シーズン中に思い知ったから勘弁して」と言われて笑ってしまった。

あの日から、私と一也君の距離は縮まった。

外を歩く時は必ず手を繋ぐようになったし、部屋にいる時も隣に座っているのが増えた。

それを見てが「私達よりベタベタしてるよね!?」と青筋を立てて笑っていた。

「おーいー。良い天気だから出掛けね?」

ベランダで洗濯物を干していた一也。

私は彼に駆け寄り、顔だけ外に出す。

「あ、ほんとだ」

そして二人で出掛ける準備をして靴を履く。

「電気消した?」

「消したよ」

「んじゃ、行くか」

「うん!」

二人で手を繋いで、玄関を出た。



2017.05.24