最終話
あの後もうひと運動をして身支度を整える。
そしてさっそく荷造り開始。
彼女の家にあるバックに荷物を詰め、とりあえず俺の家に向かう。
必要な家具は後日運ぶとして、今度の休みにまとめて移動する事になった。
車を駐車場に停めて家を案内する。
「寝室はこの間も来てるから分かるよな?」
「そんなニヤニヤしないでください。わかります」
「で、この間案内してないのがここから先な」
ミニキッチンとダイニングがあり、その隣に風呂場がある。
実はちゃんとしたキッチンとリビングがあったりする。
「こっちの扉を開けると、ちゃんとしたキッチンとリビングなんだ」
「え?」
「とりあえず、どうぞ」
彼女を促して俺も後に続く。
するとリビングでテレビを見てる親父がいた。
「え?」
「今日休み?」
「ああ。その人は」
「ん?ああ、さん」
「見合い断られた?」
「うん、そう」
「え?は、初めまして」
「初めまして。一也の父です」
「彼女と結婚しようと思ってさ。今日からここに住んで貰うよ」
「そうか。球団は大丈夫なのか?」
「ちゃんと話は通してあるよ」
親父は椅子から立ち上がり「息子を宜しくお願いします」と頭を下げた。
も「不束者ですが、宜しくお願いいたします」と頭を下げる。
「まあ、ここがメインのリビングなんだよね」
「私の事は気にしないでください。一也が寮生活が長かったので一人暮らしに慣れてます」
「え?」
「そういう問題でも無いと思うけど」
「新婚の邪魔をする気はないぞ?」
「まだ同棲だって。じゃあ、向こう案内するよ」
彼女の背中に手を当てて、先を促す。
リビングを通り越した先に、工場の建物へとつながる。
「親父はこっちに住んでるんだ。で、この階段を降りると工場」
彼女をの前を歩き、階段を降りる。
ひやっとした空気が体を撫でる。
「こっちって北側だから寒いんだよな」
「一也さん、この天井からぶら下がってるのは?」
「ああ、エアブローガン。空気で細かいものを飛ばすんだよ。こんな風に」
そして彼女にエアブローガンを向けてトリガーを引く。
すると凝縮された空気がシュッと彼女を襲う。
「うわっ!?」
「子供の時、これで遊ぶと親父に怒られたんだよねー」
「ヤンチャだったんだ」
「普通じゃね?」
「そういう事にしておきます」
「はっはっは。ところでさ、いきなり親父と対面させちゃったけど・・・」
「驚きました。先に話して欲しかったです」
「先に話して逃げられたら泣くし」
「嘘ばっかり」
「でもまあ、職業柄、年寄りの扱いには慣れてるだろうなとは思ってる」
「お義父さん、まだお若いですから」
「そう?」
「はい」
クスクスと笑う彼女を抱き寄せる。
すんなりと腕に収まってくれる彼女に愛おしさがこみあげてくる。
「結婚してください」
「はい」
微笑む彼女にキスをした。
その後、彼女は職場を離れて今では専業主婦だ。
前の男は子供が生まれた途端に子煩悩になって育メンになったらしい。
そして次のシーズンに無事結婚。
今は俺のチーム移籍に伴って地方で二人暮らしをしている。
と言っても隣県だから時間さえあれば実家に戻ってるけど。
「バカップル」とあちこちで言われるほど、二人でいる時間が長い。
合宿にも来て貰えば、あちこちへ同伴で参加したり。
今では監督までがお気に入りで一緒に飯を食う機会が増えていた。
「あ、お釣りは良いです」
着慣れないスーツの上着を持ち、タクシーの運転手にお札をお渡す。
急いで総合病院の中に入ると「走らないでください」と看護婦に怒られた。
産婦人科の前まで行くと、の姿が見えた。
「どうだった!!!?」
「しーっ!!」
は口の前で指を立て、静かにと言うゼスチャーをする。
「まだ検査しただけなの」
「そっか」
「御幸さん、御幸さん診察室3番へお入りください」とタイミング良くアナウンスが。
「一緒に行って良い?」
「その為に来てくれたんでしょ?」
とだけじゃなくて、まわりの人にもクスクスと笑われた。
それも気にならない程浮かれている自覚はある。
ついでにのお腹の中に新しい命が宿っているのも分かっている。
と出会ってから、俺の人生は絵に描いた様な幸せの連続になった。
2017/11/28