タイトルで黒尾鉄朗と赤葦京治と分けていますが、
前編・後編表記ではなく視点だと思ってください。
三月と言ってもまだ肌寒い日、意外な人物からの着信があった。
「もしもーし」
『お久しぶりです』
今の時代スマホに登録さえしておけば相手は誰かわかるもので、他校の後輩である赤葦は予想もつかなかった言葉を発した。
『さんが帰国します』
「―――――そうか」
その一言を発するのに時間がかかるくらい衝撃的な内容だった。
「知らせてくれてサンキューな」
軽く二言三言話して通話が終了する。
さんと最後に会った日は、真っ白な雪がちらついていた。
「うわっ、予想通りすぎて笑えない」
言葉とは裏腹にクスクスと笑いながら体育館に入って来たのは梟谷のマネージャーであるさんと雀田だった。
初めての合同合宿で他校には女子マネがいて音駒のフォローまでしてくれていた。
その中の1人が1つ年上のさんだった。
木兎との自主練中でもフォローに来てくれたり、他校生である自分とも接してくれる彼女。
しっかりしてそうで抜けてたり、後輩とも冗談を言い合える彼女が良いなとも思った。
気持ちにブレーキを掛けたのは、梟谷の主将であるさんだ。
噂によると2人は高校1年からの付き合いで、誰もが羨む恋人同士なんだとか。
合宿中2人がイチャイチャしてる姿を見る事は無かったけど、2人で話してる姿は何度か見かけた。
その時の2人の雰囲気はいつもと違って見えたけど、付き合ってる2人とは思えない空気を纏っているのが不思議であり、2人のけじめのつけ方なのかもしれない。
さんの事は好きだけど、あの2人の間に割って入るのは野暮だと素直に思えたのを覚えている。
2人が卒業した後を追い、自分も大学へ進学。
するとそこにはさんとさんがいた。
相変わらず2人の関係は良好で、同じチームメイトという事で交流も増えた。
その翌年に赤葦が入学して、4人で行動する事が増えて行った。
一緒にどこかに出かけたり、飯を食いに行ったり、2人が住んでる部屋に集まる事もしばしば。
終電が無くなって泣きついても嫌な顔もしないで泊めてくれる2人は頼れる存在でもあった。
けれどそんな関係は長く続かない―――別れの時は突然訪れる。
桜の花びらが舞い散るその日、さんが事故に巻き込まれて死んでしまった。
母親の手から離れ、道路に飛び出しそうになった子供を助けたらしい。
葬儀でその親子がさんの両親に泣きながら深々と頭を下げた光景と、涙を1つも流さないさんの喪服姿が頭に焼き付いて離れない。
それからすぐさんは部活を止めた。
居心地が良かったあの部屋もさんが引っ越して無くなってしまった。
それからしばらくして、さんが渡米するとマネージャーから聞いた。
部活が終わってさんの家に押し掛けると「聞いたんだ」と苦笑いされた。
「俺が告白したら行かないって選択ある?」
「ないよ。私は行く」
「いつ日本に戻るの?」
「さあ……戻らないかも?」
「親が泣くぞ。俺も泣くけど」
「鉄朗が泣くのは見たいかも」
「なら行くな」
「もう決めたから」
「ここ(玄関先)で泣きわめいたらどうする?」
「よしよし、泣かないでね~ってする」
「何が何でも行くんだな」
「行くよ」
「さんはずるいな」
気持ちを諦められるほどの言葉もくれなくて。
「うん、そうだね。でも行く」
涙でキラキラした目が見据えるのは1人で進む未来。
それを見せつけられたら引き下がるしかない。
「元気で。連絡くらい頂戴よ~」
「気が向いたらね」
「最後までずりい」
「鉄朗の幸せを探しなよ」
それに答えず俺は彼女に背を向けて、帰路に着いた。
「おかえり」
腕組みをして柱に寄りかかり、目的の人物が通り過ぎる瞬間に声を掛ける。
「こ~んな良い男をスルーするなんて酷くな~い?」
「……っ!?てつ、ろ……相変わらず人を驚かせるのが趣味なの?」
「酷い言われようだな~。単に先読みが出来てるだけじゃね?」
「ほんと、どこで知ったの?」
「ニュースソースは明かせません。荷物、持つよ」
「大丈夫」
「最近筋トレサボってるから丁度良いんだよね~。車で来てるし」
「……ありがとう」
スーツケースをガラガラと押しながら並んで歩く。
「私なんて迎えに来てて良いの?」
「良いんじゃない?」
「まだ相手がいないの?」
「ん~これからかな」
「なにそれ」
「口説く相手がやっと帰国したし」
「………」
「まだ次に行く気にならない?結局さんの法事にも顔を出さなかったみたいだし」
「どう、かな。でも、お墓参りに行くつもりだよ」
「んじゃ、俺も同行しようかな~。運転手として」
「一人で行くから」
「ダメ。それでかなり後悔したし。さんを1人には出来ないかな」
「京治がいるわよ」
「それはそれ」
建物を出て、駐車場へ移動する。
乗って来た車のトランクを開けてスーツケースを仕舞う。
「ありがっ!!!?」
「―――おかえり」
彼女の腰に腕を巻き付けて抱き寄せる。
初めて抱き寄せる細い腰に巻き付けた腕に力をこめて体を密着させる。
肩口で驚いた声をあげるさんに構わず彼女の肩に頭を乗せた。
そのままでいると腕の中の彼女が微かに動いて俺の腰に手が添えられた。
「―――ただいま」
挨拶でしかな単語が、俺の心の中に温かな何かが広がっていく様な気がした。
2019/06/07