タイトルで黒尾鉄朗と赤葦京治と分けていますが、
前編・後編表記ではなく視点だと思ってください。
三月になり、そろそろ桜の開花宣言がされようという時に起こった寒の戻りは嬉しい便りももたらした。
『へいへいへーい、赤葦!さん戻ってくるんだって。飲みに行こうぜ~。へいへいへーい』
その知らせをもたらしたのが木兎さんというのがまた、あの人が普通では無いなにかを物語っているような気がした。
そしてこの知らせを心待ちにしているであろう人物の名前を、スマホのアドレスから呼び出してボタンを押す。
『もしもーし』
「お久しぶりです」
『ほんとにな。んで、どうした~?』
高校時代はライバル校として、大学では同じチームで、社会人になってからはまたライバルである黒尾鉄朗が電話の相手だ。
「さんが帰国します」
そう告げた時、電話の向こうで息をのむのが分かった。
そして長い沈黙の後『―――――そうか』の一言が返って来た。
その意味も、その気持ちもわかるから俺は何も言わない。
それでも黒尾さんは『知らせてくれてサンキューな』といつも通りに戻っていて、相変わらず本心を隠す人だと思った。
スマホをポケットにしまって見上げた空に浮かんでいる月を邪魔する様に、桜の蕾が見えた。
中学に入学して、バレー部に入った。
「部活」という響きがなんだかくすぐったいけど、心が躍るような響きでもあった。
初めて触れるツルツルしたバレーボール。
小学校のは外で使ってたのもあって、肌触りがボロボロだったから尚更新鮮な触り心地だった。
「まずパスはおでこの所で掌を八の字にして~」
バレーボールの基礎を教えてくれるのは2つ年上のマネージャーであるさんだった。
それから基礎が出来ると上級生達との練習に加わる様に言われる。
「パスが正確だよな~。セッターとか良いんじゃね?」
2つ上のさんは、チームのエースで主将だった。
直ぐに始まった大会が終わると、3年生は全員引退してしまった。
けれど内部進学する者が多いからか、練習には変わらず参加してる者が多かった。
さんは面倒見がいいのか、1年の練習をよく見てくれた。
「京治と一緒に戦える高校3年の春を楽しみにしてる」と言って彼は一足先に卒業していった。
それから3年、自分も高校へと進学する。
そして迎えたインターハイ、さんと木兎さんの2枚看板で全国への切符を手にした。
けれど頂点に手は届かず、3年は引退。
そのさんの傍らには、いつもさんがいた。
彼等の卒業から再び3年後、大学へ入ると今度は黒尾さんもいた。
そこから4人で行動する事が増えていく。
さんとさん2人は昔からの付き合いで、一緒にいるのが当たり前すぎた光景。
すると見えてくるのは黒尾さんのさんへの想い。
2人の仲を裂くとかそういうのではないけど、さんへのあこがれの様な物を感じた。
それと同時に湧き上がる自分の中の【なにか】黒いものがモヤモヤとしている。
その【なにか】の正体は案外と早く、最悪の形で浮き彫りとなった。
「さんが事故?」
寝耳に水とはこの事で。
連絡が入って病院に駆けつける頃には病室にその姿は無かった。
廊下で手にしたタオルに顔をうずめるさんの姿。
「また連絡するからちゃんも家に帰りなさい。辛いなら実家へ、ね?」
さんのご両親からそう言われたら病院に居続ける事も出来ないので俺が送っていく形で病院を後にする。
電車の中で涙は見せなかったけどドアに寄りかかって外を見てるさん。
次第に駅が近づいてくると「帰れない…帰れないよ」と俺のシャツの裾をギュッと握った。
俺はその手を取って開いたドアから電車を降りる。
同棲してるあの家に帰れないのは仕方が無いとして、俺も実家暮らしで最寄りの駅は過ぎてしまった。
どうしようか考えあぐねて、ひとまず改札を抜ける。
迷子の子供の手を引く様に歩いていると、さんからグスンと鼻をすする音がした。
(まいったな……)
そして目にした『休憩』『泊り』と光り輝く文字。
俺は何も考えずに手を引いたまま、建物の中に入る。
適当に点灯してるパネルの値段を確認しつつそこに触れると、電気が消えると同時に落ちてくるカードキー。
それを手にしてエレベーターに乗り込んだ。
キーに書かれてる番号と同じ部屋のドアへそれを差し込んでドアを開け、さんを中に入れる。
ソファに座らせて俺は風呂場へ向かった。
大きなバスタブに湯を張り、タオルやバスローブを用意する。
「風呂でも入ってください」
「ん……」
さんは俺の言葉に促され、風呂場へ向かった。
「何かあったら呼んでください」
頷いたのを確認してドアを閉める。
良かった……風呂場の中まで透ける作りじゃなくて。
テレビでも点けたいところだけどここはラブホテル。
絶対に今の状況に相応しくない映像が流れてくるだろう。
だから備え付けの冷蔵庫から飲み物を取り出し、ソファに腰を落とす。
テーブルにあるホテルの説明の中からメニューを取り出す。
今注文すれば風呂上りに間に合うだろう。
多分食べないだろうけど口にさせなければならない。
だからホテルの電話を持ち上げてピザを頼んだ。
それからピザが届いてもさんは風呂から出てこなかった。
風呂にぶっこんでから1時間以上経っている。
心配になって風呂場の前に立つとシャワーの音がしていた。
「?」
音はしているけど変化がない。
「もしかして……さん?開けますよ?」
ドアを強くノックしても返事がない。
だから俺は失礼だと分かっていたけどドアを開けた。
「さんっ!!!!」
頭から冷たいシャワーを浴びて動かないさんの腕を掴んで引き寄せ、水を止める。
冷たくなった体を抱き上げて浴槽へ一緒に入る。
「なにやってるんですか!死ぬ気ですか?」
俺の言葉に彼女がピクリと反応する。
(ああ、そうか。この人は後を追いたいんだ……)
その瞬間だった。
あの真っ黒い【なにか】の正体が分かったのは。
その黒い物に支配された体が意志に反して動き出す。
さんの頬を覆って唇を重ね合わす。
「……っ!ちょっ……!!!!」
正気に戻ったのか、さんが抵抗しだした。
「……」
けれど俺のスイッチはもう入ってしまった。
さんの抵抗を力でねじ伏せ、そのまま気を失うまで抱き続けた。
目が覚めると「おはよう」という声が聞こえた。
ゆっくり体を起こすと、身だしなみを整えたさんがソファに座っていて立ち上がるところだった。
「さん!」
「しっ……。心配かけてごめんね」
ベッドに腰かけながら細くて綺麗な人差し指が俺の唇に添えられる。
「私は先に帰るけど、京治の洋服はお風呂場に干しておいた。もう少し乾いてから帰ってね」
そういうと彼女は立ち上がり、鞄を手にした。
「―――ありがとう」
それだけ言って部屋を出て行ってしまった。
それから彼女は海外へ留学してしまう。
初夏を思わせる気温の中、スーツを来て教会の前に佇んでいる。
ジューンブライドなんて梅雨の季節に結婚式を増やしたいブライダル会社の陰謀じゃないのか?
心の中で暑さと格闘していると、まわりで歓声が上がって顔を上げると教会からウエディングドレス姿のさんが出て来た。
「行くよー!」
くるりと背を向ける。
「こっちに来ないかな~」
さっきからソワソワとしてる。
「そーれっ!!」
さんの掛け声の後、白いブーケが青空に舞う。
黄色い声が上がり、ブーケがの手に。
「京治!ちゃん!!幸せになってねー!」
さんは隣に立つ黒尾さんの腕に自分のそれを絡め、手を振っていた。
「ちゃ~ん!」
はさんの妹で、さんにとっては妹同然で今まできている。
そのと俺は今付き合っていた。
「幸せになりますよ」
のブーケを持ってる手を掴み、それで隠すようににキスをすると、周りから黄色い歓声があがった。
2019/06/07
楓さんからのリクエストで切甘系・ハッピーエンドでした。
男性二人があれこれと飲みこみ、さんは隠し通す大人のお話(?)です。
多分黒尾も赤葦も互いに何があるかとか分かってると思うんですよ。
でも幸せを願っちゃう優しい男たち!
書いてて楽しかったです。
リクエストありがとうございました!