ダイヤのA

御幸一也

ねえ、呼んで 後編

「別れよう」

冬と呼ばれる季節。

マンションの室内で彼女が発した言葉。

季節と同じ冷めた感じだな・・・などと考えていた。

「分かった」
そう答えると彼女は立ち上がってバックを持って俺を見る。

「私の荷物は全て捨ててください」

そう言って鞄からこの部屋のスペアキーを出してテーブルに置く。

「さようなら」と小さく聞こえた声。

何も言わず一緒に見ていた映画を目で見ながら、彼女の気配を追った。

彼女は一度も躊躇う事は無くこの部屋を後にした。

と付き合った年月は3年半。

所謂倦怠期なのだろうか。

自分でもそろそろ頃合いかな?と 思ってい た矢先の出来事だった。

丁度この頃、先輩に付き合わされた合コンで知り合った女の子から連絡が多くて楽しいと思っていた。

今までは彼女がいるからとメッセージのやり取りと、複数人での食事程度。

これで心置きなく・・・そう思っていた。

最初こそ色んな女の子と食事にも出掛けたが、飽きるのも早かった。

兎に角みんな自分の我儘は通すけど、俺の我儘は聞かない。

アレ買ってコレ買ってに始まり(買わねえけど)、俺の家に来たがる。

部屋の広さまでケチを付けられた時はすぐに帰ったけどな。

3か月すれば、を思い出していた。

家事を全て任せてたワケでは無いけど、家に物が散乱する事は無かった。

自分がやった事とは いえ、こういう所で気配りの出来る女性だった。

寮を出て一人暮らしする様になってからは外食が減った。

うちで料理をする事が多く、二人で作るのは楽しかった。

そういう意味で言えばは俺を「プロ野球選手御幸一也」では無く「御幸一也」として見ててくれたのが分かる。

自分は彼女に何かしてあげられたのだろうか?

満足していれば別れを切り出される事は無かったはずだ。

今になって思う。

『何で別れたんだ?』

その理由すら聞かなかった自分。

シーズン前半終わり間際、俺は打率を下げる事となった。

練習終わりにバッテリーを組んでいる先輩から声が掛かる。

「御幸ー!飯行くぞー」

この人のノリは純さんに似ているなと思う。

店に入るなり、酒をどんどん飲まされる。

「で?何で調子落としてんだよ」

「えー?落ちてないっすよ~」

「嘘つけ。女か?」

「おんなー?いませんよ~」

「はぁ?長く付き合ってる女いたじゃねえか」

「もういないんですって~」

「良い女か?」

「紹介しませんよ?」

「しろよ」

「ヤですよ」

「んでだよ」

はあげません」

「お前んじゃねえだろうが」

「俺んで・・・す」

そこから先を覚えていない。

気付いたら部屋にいて、がいた。

帰ろうとするを必死で引き留めるけど上手くいかない。

あげくに家を出て行っちゃうし。

急いで非常階段を駆け下りる。

こんなに必死になったのは、高校の合宿以来だろう。

マンションから出た所で彼女を捕まえる。

案の定、既に新しい恋人がいるらしい。

別れている間の出来事、自分で考えて出した答えを伝えて伝えて何とか口説き落とし、今、は俺の腕の中で寝ている。

不本意だけど服を着て。

今の恋人との話し合いが終わるまで会わないと言われた。

それなら今日だけは泊まって欲しいと懇願して手を出さないのを条件に一緒にベッドへ入った。

仕事をした後に呼び出され、俺との話し合いの中で泣き、結論が出た所で寝てしまった。

久しぶりに抱きしめる彼女の香りは変わらないけど、時折混ざっている煙草の匂いに顔をしかめる。

新しい男が吸っているのだろうか?

会社の誰かなのだろうか?

今まで気にならなかった事が気になって仕方ない。

「本当はまだ好き」

泣きながら言った彼女の言葉が胸を締め付ける。

それと同時に広がる温かい何か。

それが逃げて行かないように彼女を抱きしめ、隙間なく密着して眠りについた。



腕の中の彼女が身じろぎをして目が覚める。

少しすると俺を起こさない様に腕をどかそうとしている様だ。

けれど腕に力を入れて、離れた距離を再び縮める。

「おはよ・・・」

「お、おはよう・・・ちょっと離して」

「今、何時?」

「5時過ぎ・・・。帰らないと」

「帰したくねえな~・・・」

「帰るよ」

俺の気持ちなどお構いなしの彼女のセリフ。

何だか悔しいな・・・

「っ!!!」

「どうした?」

「あっ・・・」

背中に回した腕。

彼女の感じる場所を指でそっとなぞる。

それだけなのに腕の中で体を震わす彼女。

「ちょっと!帰らなきゃ」

「着替えとか全部残ってるよ。うちから行けば良いじゃん」

少しでも長く彼女といたい。

けれどいつだって彼女は俺の腕をすり抜けていく。

顔だけ洗った彼女は家に戻ると言ってきかない。

けれど何とか家まで送るのだけは許可して貰い、マンションの下まで送っていった。

「送ってくれてありがとう」

「俺が言ったんだし」

「それじゃあ」

背を向けた彼女の腕を掴む。

驚いて俺を見たに「早く全部俺のものになって」と言うと、見た事の無い笑顔が返って来た。



2017/07/11