頭文字D
恋の始まり月曜日
「君、新設される群馬営業所を軌道に乗せてくれ」
そう頼まれたのは2か月前で。
出向とはいえ、簡単に動かせるのは単身者だからだろう。
結婚なんて、とうに諦めてる私には無理難題では無い。
工場脇に建てられる独身寮の一室を借りて三か月生活すれば良い話。
旅行鞄に着替え等を詰め、社用車に詰め込んで群馬を目指す。
社用車と言うのは仕事に関係の無い物は装備されていない。
三か月はこの車と過ごすから、車用の備品を揃えて来たのだ。
スマホのスタンドとか充電器とか消臭剤とか。
「よし!」
あれこれと使い勝手が良いように設置をし、スマホから音楽を流す。
ブレーキを踏み、サイドブレーキを解除してアクセルを踏み込む。
ナビ通り進みETCで料金所を通り抜け、首都高に入った。
ナビからは無機質な声で「40キロ先渋滞です」と聞こえて来た。
「関越道って混むから嫌い」
朝晩の練馬の料金所付近はとんでもない。
最近は外環道が整備されてきたけど、渋滞は渋滞するのだ。
何とか関越自動車道に入り、流れのままに県を跨ぐ。
途中の休憩所で1度休憩に入ったけど、日頃の疲れからか昼寝どころか爆睡してしまった。
結局群馬に入ったのは日付変更間際。
このまま寮に向かっても何も無い。
とりあえずファミレスで空腹を満たそうと駐車場に車を停める。
そして店のドアを1つ開けて私は固まった。
「嘘っ!?」
どのくらい止まってたかは分からない。
けれど後ろから「すいません」と声を掛けられて、はっとした。
「あ、すいません!」
体をずらして後ろの人に道を譲る。
「入らないんですか?」
「いえ、入りますけ・・・ど」
顔を上げて後から来た人を見た。
これまた私は固まってしまった。
(東京でもこんなイケメンいなかったよ!と言うか一人じゃ無いし!!!)
「先にどうぞ」
「あ、色々整理してから入るので、お先にどうぞ」
と告げると男の人は会釈をして店内に入って行った。
私は店の入り口で数度深呼吸をして店内へ。
店員に案内されて二人掛けのテーブルにつく。
ドリンクバーに向かおうとすると、視界に先ほどの男性が見えた。
テーブルが幾つか付けられ、団体でいる様だった。
金髪に茶髪にガングロ・・・・・・もしかして暴○族?
にしては最初の彼には品があったし。
考えた所で結論は出ないし関係も無い。
私は飲み物を取りに立ち上がった。
飲み物のメニューは都内にもあるファミレスだから同じ物がある。
私はグラスに氷を入れ、カフェラテを作ろうとしていた。
遠くから「兄貴、コーヒーも頼む」と聞こえたと思ったら「ああ」と頭上で声がした。
思わず横を見ると先ほどの男性がいた。
(やっぱイケメンだな・・・肌がツルツルだし若いかも)
そんな事を考えながら席に戻り、ご飯を食べた。
テーブルを片付けて貰って地図と睨めっこをする。
短期間とはいえ、ここに住むのだから道くらいは覚えたい。
「ナビしましょうか?」
「え?」
顔をあげると向かいの席にあの彼が座っていた。
そして長く綺麗な指が地図をトントンと叩く。
「どこに行くんですか?」
「ああ、違います。しばらくここに住むので道を知っておきたいと思って」
「なるほど。転勤ですか?」
「・・・・・・え?」
「乗ってた車が品川ナンバーだったので」
「・・・ああ、なるほど」
県外のナンバーだしね。
って、良く見てるな。
「転勤と言うか出向で今日群馬に来たんです」
すると彼は「フッ」と笑った。
何と言うか・・・笑顔まで優雅だな。
そして彼は席を立って1枚のカードを差し出してきた。
「俺は高橋涼介と言います。生まれも育ちも高崎なので何かあれば連絡してください」
「私はと言います。またどこかでお会いしたら受け取ります」
「ふっ・・・それじゃあ、また」
彼はカードを胸ポケットにしまって店を出て行った。
私も地図などを片付けて店を出る。
駐車場に向かうと数台の車が店の敷地から出る所だった。
きっと彼等の車だろう。
オレンジに黄色に・・・・・・派手だな。
その中で最後に出て行く白い車。
「あ・・・・・・」
さっきの高橋君とやらだ。
彼も私に気付き、軽く手を挙げたのが見えた。
「んー・・・県外の人を助けたのか、ナンパだったのか」
いやいや、彼はイケメンなんだしナンパは無いだろう思う事にした。