始球式
広報に呼び出され、控室に向かう。
「今度のオールスターでの始球式、芸能人のが来る。その前に練習も付き合って欲しいそうだ」
と言うものだった。
オールスターと言うのは真夏に行われる数試合の総称で、ファン投票からチームの選手が決まると言うものだ。
自分も選出されてマスクを被る予定になっている。
その試合の前に行われるのが始球式で、有名人が1球だけ投げて試合が始まるというもの。
と言うのは確か俺と同じ歳で、最近ブレイクしている有名女優だ。
「おお、御幸か」
「さん、お疲れ様です。今回はよろしくお願いします」
さんは別のチーム所属の俊足選手で、盗塁を決められたり阻止したりの関係だ。
良くバッターボックスに入る時に「今日は打たせろ」とか「出番寄越せ」と言いながら入ってくる人。
口は悪いし怖い顔をしてるけど、良い人で有名だったりする。
このオールスターで初めて同じチームになる。
「始球式でとバッテリーだろ?よろしく頼むな」
「え?」
「公にしてないけど、俺の妹」
「マジで?」
「おう、手、出すなよ?」
と俺を指差し、ニヤニヤ笑いながらグラウンドに向かっていった。
そして当日。
球場入りしてアップをし、ミーティングを済ませる。
控室で談笑していると、ドアがノックされ何人かの人達が入ってきた。
その中に彼女もいた。
「今日一日ですが、宜しくお願いします」
有名女優が来たんだから選手は笑顔で拍手して迎え入れる。
デレデレしてる人もいれば、彼女に近付いて握手を求める人も。
彼女がさんの前までくると他人行儀に「お願いしまーす」と挨拶をした。
「キモイ」
「ひどっ!せっかく猫被ってるのに!」
「他人のフリとか無理。お前と違って俺スポーツマンだし」
「訳わかんない!」
「良いのか?ほら、御幸にも挨拶しないと」
さんがニヤニヤしながら俺を指差す。
そして彼女がバッと俺を見た。
「あ……よ、宜しくお願いします」と頭を下げた。
このやり取りで周りに兄妹と言うのが話題になり控室で大騒ぎになった。
同じチームメイトの人は知ってたらしく、別のチームの面々が騒いでるだけだけど。
そんな中、俺は彼女とマネージャー達と一緒にブルペンに向かう。
何故かさんもついて来てたけど。
「じゃあ、まずはキャッチボールから。出来ますか?」
「大丈夫だと思います」
「小さい頃は俺の相手してたけど、かなり前だからな」
広報やマネージャーなどが彼女に付き添い、俺との距離を作っていく。
マウンドとホームの中間地点からキャッチボール開始。
とりあえず肩慣らしだし、防具を着けずに立ったままでミットを構える。
「行きますね!」
ジャージ姿でも普段とは違う細い足が上がり、腕が一瞬隠れて出てくる。
真っ直ぐに飛んでくる玉。
「パーン」と小気味良い音がミットからする。
女の子にしては球速も良い。
「きもちーーー!!」
腕を胸の前でギュッとしてしゃがみこむ彼女。
笑顔で立ち上がり、広報からの言葉に頷きながら距離を広げる。
「いきまーす!」
数球投げただけでマウンドまで到達。
そして俺もホームにしゃがんで構えを取る。
掛け声の後、ボールが放たれる。
さんとキャッチボールしてただけあって、綺麗なストレートだ。
「ナイスボール」
そう声を掛けると嬉しそうに微笑んで「まだ続けても良いですか?」と言われた。
俺的には問題ないから頷くけど、彼女の準備等もあって10球の制限が付いた。
そして投げ終わり「ありがとうございました」と笑顔でブルペンを後にした。
「どうだった?」
「綺麗なストレートでしたよ。さんが教えたんですか?」
「まあな。って、そうじゃねぇよ!」
「は?」
「お前……案外天然なんだな」
「へ?ああ、そういう。テレビで見る表情とは違うなーとは思いましたよ」
「ふーん……」
「なんです?」
「お前、オンナいるのか?」
「いませんよ。でも合コンとかも好きじゃないんで出会いが無いんですよ」
「んじゃ、あったな」
「口説いて良いんですか?」
「口説けるならな」
さんはまたニヤニヤしながらブルペンを出て行く。
俺もそれに続いた。
試合開始前。
さっきのジャージ姿とは別人になったさんがいた。
化粧もバリバリ(ナチュラルだけど)で、俺と同じユニフォームを着ていた。
まあ、俺等と違ってショートパンツで綺麗な足が出てるけど。
「うー……」
「緊張してる?」
「……してます」
「んじゃ、今度飯でも食いに行かない?」
「う~~~~~え?」
「デートのお誘い」
「………」
「もしもーし?聞いてる?」
「嘘」
「ほんと」
「もしかして兄から何か聞いてます?」
「口説けるなら口説いてみろって言われたけど?」
「……ヤバイ」
彼女はグローブで顔を隠してしゃがみこんでしまった。
だから上から覗き込んでみると、グローブから綺麗な瞳が見えた。
「どうしたの?顔、赤いけど」
「……行きます」
「マウンド?」
「で、でーと…」
「……もしかして照れてる?」
「うっ……はい」
「口説かれ慣れてるかと思ってた」
「お誘いはありますけど……(小声)好きな人からは初めてで」
「え?」
「何でも!今度お話します!」
時間になり、俺はグラウンドに出た。
そして彼女が投げたボールは俺のミットに収まる。
その瞬間、彼女が見せた笑顔が綺麗で可愛くて自分だけのものにしたいと思った。
2018/05/28