ダイヤのA
焼き鳥を食べながら
「ちわーっす」
「いらっしゃい!ん?御幸か」
絵に描いた様な焼き鳥屋の暖簾をくぐり扉を開ければ、髪の薄く…全くない頭にねじり鉢巻きをした店主が出迎えてくれる。
顔なじみなのもあり、今では呼び捨てされている。
「今日は一人か?」
「いや、後からがくるよ」
「嬢ちゃん久しぶりだな」
喋りながらも手は動いていて、おしぼり2つがカウンターの一番奥に置かれた。
俺は椅子を引いてその席に腰を下ろして、おしぼりで手を拭いた。
すぐさま出されるビールのジョッキを受け取り軽く店主に向かってジョッキを上げて喉を潤す。
「スーツ姿なんて珍しいじゃねぇか」
「今日は契約更新だったんで」
「なるほどな」
それから何品か注文をして2杯目のジョッキを受け取ると、店の引き戸が開いた。
無意識にそっちを見ると、が暖簾をくぐって入ってきた。
「こんばんは~」
「久しぶりだな~。ビールで良いのか?」
「とりあえず、そのあとはハイボールで」
「はいよ」
奥に来るまでの間にその会話を済ませ「早かったね」と言って俺の隣に腰を下ろした。
「早く終わったからな」
「スーツなんて珍しいね。撮影?」
「いや。にしても何か化粧濃くね?」
「うっ……まあ、仕事忙しくて」
そして手を拭いてジョッキを合わせて乾杯をすると、彼女はジョッキを煽った。
追加注文を終える頃にはジョッキが空になり、ハイボールが運ばれてきた。
「そういえば今日はスーツなんだ。なんかキッチリしてる御幸見るのって高校の制服以来かも」
「失礼だな。同窓会でも着てただろ?」
「そうだった?」
「手羽先お待ち。そういや嬢ちゃん仕事忙しかったのか?」
「うっ……」
「分かった。男にフラれたんだろ?」
「結婚するっつってなかったか?」
「そうよ!指輪も貰ってたけどね!!!」
「荒れてんなー。おっちゃん、うずら追加」
「浮気されてたの!」
「良くあるパターンだなぁ。ほら、嬢ちゃん好きなアスパラはサービスだ」
「慰めるにしては安くない?」
「慰めてねぇからな。それは御幸に頼め。なんなら御幸と結婚すりゃ良いじゃねぇか!お、オレってばナイスアイディアってヤツだな」
「ちょっ!大将!!!?」
言うだけ言って他の客の方へ向かうおっちゃんに声を掛けるが届かない。
は一瞬持ち上げた腰を再び椅子に下ろした。
「勝手な事ばっかり」
プリプリしながらハイボールに口を付ける。
「ほんとに結婚するか?俺たち」
「………はぁ?あんた酔っぱらってんの?」
「そんなに飲んでねぇよ」
「スーツのせいか!!!!」
「なんでだよ」
「なんかスーツ着るだけで性格変わるドラマか映画無かった?」
「マスクじゃね?」
「犬も性格変わるのよねって、ちがーーーう!!!!」
「ん?」
「結婚だよ?焼き鳥屋で決める話?」
「一流レストランだったら問題無いのか?」
「いやいや、そもそも前提が違うよね!私と結婚生活だよ?料理出来ないよ?」
「と結婚生活って問題なさそうだけど、何かあんの?食の好み同じだし、あ、夜の方?問題あったっけ?」
「はぁ!?」
「お互いが【初めての相手】じゃん?俺の後に良かった相手いた?」
「え?いや、でも付き合ってたの高校の頃だ……そうじゃなくて!」
「俺の方には問題ないけど?元々好きで付き合ってたし、進路の関係で別れただけだし」
「ぷ、プロ野球選手の奥さんなんて無理!」
「野球は職業なだけで、俺が料理出来るし?俺の嫁になるのに問題ないじゃん」
「だから!」
まだ文句が出そうなの唇を、自分のそれで塞ぐ。
付き合ってた時と違う女らしい唇に、あの頃には無かった口紅の味がした。
「嫌だった?」
「……TPOって知ってる?」
「んじゃ、考えて行動するか。おっちゃーん!お勘定」
「ん?今日は早いな」
「まあね。俺の結婚がかかってるからさ」
「お?やっぱりか!今日は奢ってやるからさっさとモノにしてきな」
「さんきゅー♪って事で、行こうぜ、」
「はぁ!?ちょっと待って…あ、ご馳走!」
荷物を必死でまとめるの手を掴み、店を後にして自分の家に向かった。
2018/09/04