ダイヤのA
結婚記念日
温かい色合いの使われた待合室。
優しい匂いもする部屋。
「御幸さん、中にお入りください」
「あ、はい」
この苗字で呼ばれるのにも、やっと違和感が無くなった。
御幸一也という存在は一方的に知っていた。
『天才』と呼ばれる存在。
私は薬師高校に通っていて、1つ上の代が轟雷市達がいる学年。
数人で部活見学をしている時に行った野球部。
そこで勧誘され、野球部のマネージャーになった。
夏の大会の予選の時、スタンドで鉢合わせした青道高校。
そこで初めて御幸一也を見て、挨拶を交わした。
次に会ったのは大学に入学してすぐ。
野球以外の事をやろうと思っていたのに、彼に見つかって野球部のマネに。
初めて私が書いたスコアブックを見て
「見やすい」と言ってくれたのが純粋に嬉しかった。
それから話す機会が増え「付き合って欲しい」と 言われた。
私はそれを丁重に断った。
「御幸先輩の事は憧れているし尊敬もしています。でも恋愛感情はありません」と。
「これから野球をしていない俺を知って欲しい。だから返事は保留にしておくよ」と返された。
それから暇さえあれば声を掛けられ、一緒に出掛ける事もあった。
半年以上中途半端な関係は続いた。
私の気持ちは既に御幸先輩に向かっていて、何も切り出さない彼に不安を覚えた。
そして迎えたバレンタイン。
昼休みに部室に来てくださいとメールを入れた。
休講が出ていまい、私は午前中を部室で過ごす事にした。
緊張からと手持ち無沙汰で部室掃除を始めた。
2限が始まって少しすると、ドアが開いた 。
やはり休講になってしまった御幸先輩だった。
中途半端だった掃除を終わらせると「あ、用事あったんだっけ?」と切り出された。
私は用意していたチョコを渡した。
その瞬間抱きしめられ「すっげー嬉しい」と小さな声が聞こえた。
チョコを食べさせてと言われ、口に運ぶ。
次のチョコを取ろうとしたら耳元で「」と呼ばれ顔を上げるとキスをされた。
彼との最初のキスはチョコレート味。
今では一年に一回の恒例行事だ。
それからも付き合いは続いた。
お互いに浮気を疑ったりと色々あったけど、別れる事は無かった。
そしてプロ入りして3年、私達は結婚した。
2次会は2回行われ、1回目は普通に、2回 目は青道高校のグラウンドで。
お互いの同級生から先輩後輩までが集まり、薬師VS青道高校の試合が行われた。
プロから引退して長い人まで様々な人の集まる試合。
笑って笑って楽しい試合で、お祝いの言葉も沢山貰った。
この人と結婚出来て、本当に幸せだと思った。
結婚三年目の今日は結婚記念日。
朝から実家に戻っていた私は荷物をたくさん買って戻る。
夕方に一也さんが戻って一緒に夕飯の準備をする。
お風呂に入ってご飯も食べて、日常が幸せだ。
「あ・・・一也さんに見せたいものがあるんだ」
「ん?」
私は寝室の鞄から封筒を取り出し彼に渡す。
その封筒を手にした瞬間、彼の動きが止まった。
「え?マジで?」
「うん」
「すっげーーー!」
そして立ったままの私の腰に抱き着いてきた。
「本当にここにいるんだ?俺達の子」
「もうすぐ三か月だって」
「うわ~~~なんかすげぇ・・・ほかに言葉出てこないや」
「パパだよ?」
「なんだな・・・・・・」
「どうかした?」
「ん~~~しばらくと二人きりの生活もお預けだなって」
「そうだね。子育て終わったら、また楽しもうよ」
「だな。明日は互いの実家に報告に行くか」
「んじゃ、今日はそろそろ寝るか」
と私を抱き上げる一也さん。
「きゃっ!」
「さすがに重いな」
「まだお腹出て無いのに失礼だな」
「違う違う。二人分の命を預かってるからな」
「一也さん・・・」
「たくさんの幸せを、ありがとうな」
「私も、たくさんありがとう」
「これからもっともっと幸せになろうな」
私は一也さんの首に腕をまわし「うん」と頷いた。
2016/5/18