ダイヤのA

御幸一也

もっと知りたい火曜日

高校を卒業してプロ野球界に入り、独身寮へ。

それも年季明けで、今は実家に戻っている。

戻るのを機に、工場がある関係で建て替えは出来ないが増築&リフォームをさせて貰った。

せっかく稼ぐ様になったし、恩返しの意味を含めて費用は俺が出した。

増築部分に自分の部屋があるから遅く帰って来ても早く出掛けても親父へ負担を掛けないで済んでいる。

試合があっても無くても早朝に目が覚めるのは青道時代の名残だろうか。

朝飯の準備をして、ジャージに着替える。

「行くのか」

「ああ、おはよう。走ってくるよ」

「気を付けてな」

相変わらず親子の会話は少ないが、苦でも何でもない。

料理をするのも嫌いじゃないし、お互いの健康維持にも繋がっている。

まあ、遠征すると面倒見れねえけど。

「おはよう、一也くん」

「おはよう!」

近所の人と挨拶を交わし、土手を目指す。

平日の早朝と呼ばれるこの時間、若い人はあまり走っていない。

だから見かけるのは子供の頃から知ってる人ばかりだ。

けれど今日は違った。

長めの髪を一括りにし、それを左右に揺らしながら向かいから走ってくる女性がいた。

女は化粧で化けるけど、多分スッピンに近い彼女。

額に汗をして走っている所をみると、それなりの距離を走ってる感じか?

キョロキョロしながら走っているのは、ここを走るのは初めてなのかもしれない。

あと10メートルもすれば擦れ違う時になって彼女が俺に気付いた。

「おはようございます」

「おはよう」

年齢は多分俺とそう変わらない。

身長は160くらいだろうか?

バランスの良い体をしていたから、多分スポーツ経験者。

「初めて見たな」

これが彼女、との出会いだった。


あれから数日が経った。

ポニーテールの彼女とは何回か擦れ違って挨拶を交わした。

毎日会わないのは走るコースの違いなのかもしれない。

昨日の日曜日は雨が降って公園はグチャグチャ。

それなの散歩をしていた犬と戯れていた彼女。

飼い主は恐縮してるのに、本人汚れるの関係なしで犬と遊んでいたのが印象的だった。

犬と別れた後ある程度泥を払っていたものの、手を洗ってそのまま走って行ってしまい彼女と話してみたいと思った。


「おはよう。最近走り出したの?」

公園の所で休憩していた彼女に話しかける。

一瞬驚きはしたものの、挨拶を交わす時の様な柔らかい表情になった。

「おはようございます。3週間前にこの辺に引っ越してきたので。あなたは長いの?」

「子供の頃から走ってるしね。まあ、途中何年かは離れてたけど」

「なるほど」

「犬、好きなの?」

「え?あー動物全般好きですよ」

「それじゃあ、動物園行かない?」

「・・・・・・え?」

「デートのお誘い」

「私と?」

「そう、キミと。まずは名前を教えて欲しいけどね。あ、彼氏いる?」

「・・・・・・・・・・・いませんけど」

「胡散臭いと思ってるだろうけど、本気だから」

「・・・・・・」

「あ、スマホ持ってる?」

俺は自分のデータを表示し、彼女のスマホにそれを赤外線で送る。

そこには俺の名前、電話番号、住所も入ってる。

「これ、個人情報ですよ?」

「信頼して貰う為にね。名前は検索すれば多分ヒットすると思うよ。それで一日暇なのいつ?」

「え?土曜・・・」

「土曜の9時半に○×駅西口の改札で待ち合わせな」

「え?ちょっと!」

「あ、名前くらい聞いても良い?」

「え?あ、・・・」

「んじゃ、。土曜にな~」

俺は手を振って走り出す。

話しの展開に目をクルクルさせてる彼女が可愛いと思った。

話をした感じも悪くない。

こう思ってる時点でもう恋愛感情なのだろう。

まだ名前しかしらない彼女を、もっと知りたいと思えた。


2017/09/25