ダイヤのA

御幸一也

袖クル

「ウチ、来ない?」

付き合って二か月になる彼に言われたセリフにドキっとさせられてしまう。

10代のガキんちょでも無いし初心でも無い自分がドキっとですよ。

彼は自分の魅力を理解してての行動なのだろうか?

・・・・・・・・・理解してるんだろうな。

それでドキドキしてる私の事も分かってるはず。

私も学生の頃はバレーボールをしていてセッターだった。

ポジション的にはキャッチャーと同じようなもの。

ついでに年齢も同じ。

なのにだ!

私ばかりドキドキして振り回されてる気がする。

なんか悔しいな。

私はポケットから貰っていた合鍵を出し、鍵穴に差し込んで回して戻す。

鍵をポケットに戻して深呼吸をする。

「よし」

小さく気合を入れてドアノブを掴んでゆっくりと回す。

音を出さない様に・・・・・・なんか泥棒みたい・・・とりあえず中に入る。

玄関から部屋を見る。

1DKと聞いていたが、玄関から反対側のベランダまで一直線に部屋がある。

一番奥にベッドが見えて、そこがこんもりしている。

動かない所を見ると、寝ているのを起こさないで済んでいるようだ。

私は静かにヒールを脱ぎ、上がりこむ。

リビングの電気を点けたらきっと彼が目覚めてしまう。

なのでキッチンの明かりを探して電気を点けた。

コンビニの袋だと煩いからとエコバックで買い物をしたので、まだ彼は起きないで済んでいる。

寝顔見てみたいけど、それよりもお粥!

鍋に調理道具を探し、材料を並べる。

ご飯をレンジでチンして鍋に水と出汁を入れて温める。

その間にネギを刻んでレンジのカウントが0になる瞬間に止める。

「よし」

「ぷくくくっ・・・」

その瞬間に背後から笑い声が聞こえた。

Tシャツにスウェット姿の一也だ。

「ちょっ!熱下がらないよ?」

「かなり楽になったって」

私はベッドに乗っていたパーカーを持ってきて彼に向かって広げた。

すると彼は口をへの字にしながら背中を向け、腕を通す。

「まだもう少しかかるけど」

「顔洗ってくる」

そして多分バスルームのドアを開け、そこへ入って行った。

と思ったらすぐに歯ブラシを咥えた彼が出て来た。

私はまな板をと包丁を出してネギを切って行く。

気が付くと一也は私の横に立ちながら、歯ブラシを動かしている。

彼を見上げながら「面白い?」と聞くと首を縦に振った。

結構恥ずかしいんだけど・・・

気にしたら負けだと思って料理を続ける。

卵を割り、箸で溶いていく。

すると彼がすっと動いて私の背後へ。

「うごふなふょ・・・」

歯ブラシを咥えたまま喋っているから言葉になっていない。

そして背後から伸びて来た両手が私の袖をまくっていく。

「っ!!!!」

声に出さなかった自分を褒めたいと思った瞬間だった。



*御幸side*

風邪気味の先輩に絡まれ、見事に風邪をうつされた。

今まで鍛えて来たからと軽んじていた結果、こじらせた。

幸いな事に今はオフシーズン。

そう思って寝たのは良いけど熱は上がるし動けねえし。

なので次に目が覚めた時に2か月前に出来た彼女に連絡を入れた。

先月鍵は渡したけど、まだ一度もここに呼んだ事が無いし、自ら来た形跡も無い。

会うのはホテルか彼女の部屋だったからだ。

「プロ野球のクセにこんな狭いトコ住んでるの」とか幻滅されたくなかったのもあり、呼ぶこともしなかった。

自分としては仕事も趣味も野球だから狭かろうが何だろうが構わない。

台所と風呂と寝る場所さえあれば。

部屋の狭さで嫌う様な彼女じゃないのも分かってる。

邪魔していたプライドも、風邪の前にあっさり崩れ去ったけど。

次に目を開けたら、キッチンの明かりだけ点いた場所で料理をしてるがいた。

多分寝ている俺を起こさない様にしてるんだと思うけど・・・・・・見てて面白い。

今までは寮生活だったし「彼女が家に来る」と言うのが無かった。

チームの寮生活も終わって一人暮らしをしたのが去年の事。

そんな自分のテリトリーで、自分しか立たない場所にがいる。

何ともいえない気持ちだった。

音を立てない様にベッドから出て彼女の背後へ。

すると丁度電子レンジのカウントダウンが0になろうとしていた。

その瞬間、が扉を開ける。

「よし」

きっとピーピーならない様にしてくれたんだろう。

もう我慢の限界だった。

「ぷくくくっ・・・」

俺に気付いた彼女が振り返るけど、顔が真っ赤だ。

あーもう、可愛いな。

「ちょっ!熱下がらないよ?」

「かなり楽になったって」

そう言っても納得しないのか、ベッドの上に放り投げてあったパーカーを持ってきた。

そしてそれを広げてくれる。

出勤前のサラリーマンよろしく、パーカーに袖を通す。

「まだもう少しかかるけど」

「顔洗ってくる」

汗もかいてるしシャワーを浴びたいところだけど、とりあえず顔を洗う。

これから飯を食うにしても、口の中もサッパリしておきたい。

歯ブラシに歯磨き粉を乗せて洗面台を出る。

は丁度ネギを切るところらしい。

彼女の横に立ち彼女を見ながら歯ブラシを動かす。

彼女の爪は綺麗に整えられているが飾りの類が無い。

前に聞いたら「引っ掛けてハゲた時に凹むから」と言っていた。

料理をされる側からすると、それは嬉しいと思える。

前に手料理食べたら飾りが入ってた事があったからトラウマに 近いのだ。

「面白い?」

彼女を見ていたらそう聞かれたので、素直に頷く。

面白いと言うか嬉しいと言うか・・・ま、いっか。

卵を溶き始めた彼女の袖が気になって背後に立つ。

「うごふなふょ・・・」

歯ブラシを咥えたままだから変な言葉になったけど、ニュアンスは伝わるだろう。

腕を伸ばして袖をまくる。

その瞬間、腕の中の彼女がビクっとなった。

盗み見た頬が真っ赤になっている。

腕まくりを終えて体を半分ずらす。

そして左腕で彼女の腰を抱き、右手で歯磨きをする。

「ちょっ・・・離して」

「ひゃだ」

「・・・・・・」

真っ赤な顔をして睨んできても無駄。

可愛いだけ。

「かずや!」

「はいはい」

俺は左手を上げて洗面台に戻った。

口を濯ぎながら思わず笑ってしまう。

「ほんと、たまんねえわ」

タオルで顔を拭いて鏡を見る。

鏡に映っている自分がニヤけているのが嫌でも分かった。


2017/05/31