ダイヤのA

御幸一也

君が先に眠るまで

初めて本気で惚れた女を抱いた。

今まで彼女と言う存在はいたけれど、此処まで惚れ込んではいなかった。

歴代の彼女を好きかと聞かれれば好きだったと思う。

ただ自分から好きになって口説いたのは初めての事だ。

この人に「野球と私か選んで」と言われたら迷わず彼女を選ぶ。

倉持当たりなら「天変地異だ」とか「鬼の霍乱」とか言うだろう。

まあ、アイツになんて言わねーけど。

それくらい狂ってる自覚はある。

「ん・・・」

「・・・っと」

彼女が身じろぎすると掛け布団がズレる。

それを直して抱きしめ直した。

顔を動かして時計を確認する。

デジタル時計は夜中の三時を示している。

夜が明けるまで後数時間しか無い・・・・・・

時計から彼女へ視線を移す。

『今、この瞬間、時間が止まれば良いのに・・・・・・』

胸の中でそう思えど、無情に進むのが時間というものだ。

後数時間で現実へ引き戻され、俺は大学に行き、彼女も職場である青道高校に行く。

そしてまた、しばらく会う事は出来ないだろう。




彼女との出会いは青道高校。

倉持やナベと一緒に野球部に顔を出しに行った時だった。

バックネット裏にある部屋に足を向ける。

「礼ちゃん、スコアブック貸して」

すると俺を見て礼ちゃんが指を額に当てて溜息をついた。

「あなたね・・・挨拶くらいしたらどう?」

「外から挨拶したじゃん」

俺達のやり取りを聞いていた人がいて、クスクスと笑い声が聞こえる。

礼ちゃんの隣にいたのが彼女だった。

「今年赴任された先生よ」

そう礼ちゃんに紹介された。

「卒業生の御幸一也です」

これが俺達の出会いだった。

この時は別段気にはならなかったし、

さんは最初俺の事を礼ちゃんの恋人だと思ってたらしい。

まあ、俺が礼ちゃんって呼んでたからだけど。

その後しばらく経ってから駅で遭遇した。

ドタキャンを食らった彼女と夕飯を食べに行く事になる。

そこでドタキャン相手が彼氏だと知る。

「彼氏、いたんだ」

「私もそれなりの年齢ですから」

それを聞いた時に何で自分がショックを受けたのか分からなかった。

それから何度か駅で遭遇し、飲みに行ったりもした。

三度目の時に連絡先を交換したっけ。

会った回数が2桁になる頃、駅で酔っぱらっている彼女を見つける。

そこで彼氏と別れたと聞かされた。

その瞬間、自分の気持ちをに名前を付け行動に移す。

さん以外の誰にも迷惑を掛ける事も無いから。

「俺と付き合って」

「え?」

さんの事、好きだから」

「私、年上・・」

「関係無いよ。さんが別れるの・・・待ってたし?」

「待ってたって・・・」

「恋人がいる時に告白しても玉砕だろ?」

「だからって今言わなくても」

「弱みに付け込むのはセオリーだろ?手に入れる為なら卑怯な手だって使うさ」
「・・・・・・」

「なんなら俺のマンション行く?」

「・・・・・・本気?」

「嘘ついてなんのメリットがあんの?」

「ごめん、今は何も考えられない」

「酔ってるしね。でも、この事を無かった事にはさせねーから」

そして彼女を送って行く。

それからメールや電話をした。

電話でもメールでも好きだと伝え続ける。

ちょっとドン引きレベルだなと思ったけど、チャンスは今しかないと思ってたし。

三か月後、つまり今日になってやっと付き合いを了承してくれた。

まだ学生の自分と社会人の彼女。

来年プロ野球入りすれば立場は同じになる。

そして彼女が引き目を感じる事も無いだろう。




「まだ・・・起きてるの?」

「ん・・・さんの寝顔見てた」

「見ないで」

そう言って俺の胸に摺り寄ってくる。

背中に回された腕に思わずニヤける。

「何で笑うの?」

「いや、可愛いなって」

「早く寝なさい」

「もう1回さんの寝顔見たら」

「ダメ、今度は私が御幸君の寝顔みるから」

「はい、また苗字呼んだ」

「だって・・・んっ」

体を少し離してキスをする。

「また苗字呼んだら外でも学校でもキスするから」

「む、無理!」

「頑張れよ」

むすっとしてる顔まで可愛い。

化粧してないと尚更なんだよな・・・

言うと怒るから言わねーけど。

若く見えてるんだから良いと思うけどダメらしい。

「はい、無視ー。でも俺、有言実行だから」

「・・・・・・」

「怒った顔も可愛いけどね」

「掌で転がされてる気がする・・・」

「そうかな?お互い様じゃね?」
まだ文句を言いたそうなさんの頬を撫でる。

「とりあえずもうちょっと、一緒に寝よう」

「そうだね」

再び俺に抱き着いてきたので抱きしめ返す。

そして静かに目を閉じた。


2016/07/11