ダイヤのA

御幸一也

記憶

久しぶりに時間が合い、倉持と飲むことに。

「この間、に会ったぜ。お前、と付き合ってたろ?」

肘をついて握った箸で俺を指差す。

本当にコイツの洞察力、すげぇと思う。

無言な俺を見て肯定と受け取った倉持が「ヒャハハ」と笑う。

言い返したいけど面倒になりそうだからビールと一緒に飲み込んだ。



月曜の夕方。外を眺めながら喫茶店で珈琲を飲む。

これから帰路に着くもの、帰社する者、飲みに出る者。

そういう人たちを見ていると自分は普通とは違う人生を歩んでいると実感する。

子供の頃から野球と共に歩んで来た。

一番熱中してたのは高校の時だろう。

あの時間がなければ、野球をやめていたかもしれない。

そのぐらい濃密で、有意義で最高に楽しい時間だった。

そんな時、から告白された。

部活優先で彼氏らしい事は何もできなくてかまわないと。

男女の付き合いに少なからず興味があったからOKした。

ときおりメールをしたりする程度の付き合い。

高2の夏休みにオフがあり、二人で遠出をした。

その時に過ごした二人だけの時間も、今となっては貴重な思い出だ。

高3の夏休みが終わる頃、別れを告げられた。

受験に専念したいと。

俺は俺で進路に悩んでいたのもあり、すんなり了承した。

その事を後悔したのは、大学に進学してからだった。

大学でも野球漬けの毎日。

大会で敵として再会するかつての仲間達。

クリス先輩との再戦に冷静さを保つのに苦労した。

そんな時に付き合っていた彼女の存在が邪魔で仕方なかった。

「会いたい」「連絡ちょうだい」「私を何だと思ってるの?」

そんな言葉を複数人から聞かされた。

大学卒業と同時に、彼女という存在が「いらない」「邪魔なもと」と思えた。

卒業と同時に球界入りを果たした。

嬉しい事に複数の球団から声が掛かり、俺にとって「面白そう」なチームへ。

三年目を迎えた今年、1軍のレギュラーとして試合に出る機会が増えた。

『片岡監督に報告行くんだろ?オレも一緒に行ってやるぜ』

とメールが来たから一緒に顔を出す事になった。

そして帰りに飲みに行った時、の話が上がった。




カップを口に持って行った所で、目的の人物が現れた。

彼女は入店して注文をした後、店内を見渡す。

俺がすっと手を挙げると、驚いたのが分かった。

トレイを持ち、俺の方へと歩いてくる。

「久しぶり」

「うん、久しぶり・・・」

「とりあえず座れよ」

「倉持君と待ち合わせしてる」

「・・・・・・知ってる。説明するから座らないか?」

テーブルにトレイを置き、椅子に鞄を掛ける。

スプリングコートを脱ぎ、腰掛ける。

華奢な体。

思わず手の甲で口元を隠した。

右手だが、薬指に指輪が嵌められていた。

何となく彼女の視線を感じたが、指先から視線を逸らす事が出来ないでいた。

そして指が動き、彼女が飲み物を口にした事に気付いた。

俺は顔を上げ、彼女をみる。

「端的に言うと倉持は来ないし、俺が頼んで呼び出して貰った」

「・・・・・・」

彼女は何も言わずカップを口元に寄せたままでいた。

「ぶっちゃけ、やり直さないか?」

見開かれた彼女の瞳が俺を捉える。

「なんで・・・」

「勘かな」

彼女は溜息と共にカップをおろす。

「変わらないね、御幸君は」

「そう?」

「付き合ってる人がいるし、それは出来ない」

「いなかったら付き合った?」

「わからない。でも、今、あなたに対して気持ちが無い」

「なら取り戻す」

「どうして?あれから何年も経ってるのに」

「それも確かめたい」

「意味がわからない」

「とりあえず連絡先教えて。後、彼氏と会うのは月曜以外にして。俺が月曜しかないから」

「なにを勝手に」

「早く。じゃなきゃ倉持に聞くけど」

そして取り出された携帯電話。

互いの連絡先を登録する。

「それじゃあ、覚悟しとけよ?」

1つのトレイにカップを纏め、片手でそれを持つ。

反対の手での手を取り、店を後にした。


2016/4/12