ダイヤのA

御幸一也

今日も僕は雨の中で

冬合宿が終わると寮が閉ってしまう為、部員全員帰省を余儀なくされる。

エナメルバックに荷物を詰め、部員全員で寮を出た。

まあ、基本的に家に何でもあるから宿題くらいしか持ち帰らねぇけど。

この数日間だけは、先輩後輩の縦社会から解放される。

そんな浮かれ気分に水を差す雨模様。

制服に傘って一番面倒だよな。

「よいお年を」なんて男子高校生は言わねぇし。

1つ1つ駅を越す度に一緒にいたメンバーが減っていき、地元に着く頃には一人になった。

最寄りの駅に着いくと必ずどこかが変わっている。

ちょっと浦島太郎の気分だ。

湿った傘を再び開いて家の方に歩き出す。

普通の住宅街だから面白味の欠片も無い。

時折電飾の飾り付けがあるくらいか?

公園に差し掛かり、雨だから誰もいないと思ったらパステルカラーの傘が揺れているのが見えた。

何となく足を向けると広場の水溜りに女性がいた。

「ぴっちぴっちちゃっぷちゃっぷ~♪」

傘を上下させ、水溜りを飛び越えたりしているが失敗して足物とのブーツは泥だらけ。

しかも膝下くらいのスカートにも泥跳ねが。

それでも彼女は気にせずに歌いながら飛び跳ねている。

何度目かの歌が終わり、傘が閉じられた。

「?」

何をするのかと思えば、水溜りの無い場所にずれて傘で地面に何かを書き出した。

その横顔に見覚えがあった。

「何してんの?」

そう声を掛けると彼女が顔を揚げ「あれ?かずや君?」と言った。

「当たり。風邪ひくよ?」

そう言って自分の傘を差し出すと、彼女はゆっくり微笑んだ。

「かずや君の方が風邪ひくよ?」

「んな、軟な鍛え方してねぇって」

俺の傘を押し返してきたのでバックから洗いざらしのタオルと取り出して頭にかける。

そのまま片手で頭を拭いてみる。

「もう!髪の毛グチャグチャになっちゃうよ」

「風邪ひくよりマシじゃね?」

「そんな事ないけど。あーあ、かずや君に邪魔されちゃった」

「はいはい」

「お詫びにお茶、付き合って」

そう言って手を引かれて向かったのはさんの家だった。

さんは所謂幼馴染と言うか、ご近所さんで。

2つ年上の初恋の相手になるんだと思う。

俺は野球に夢中だったし、会えば話す程度の関係だった。

「私はシャワー浴びてくるけど・・・一緒に入る?」

目を見開いた俺の腕を掴み、一緒に風呂場に向かう。

さんはさっさと濡れた洋服を脱ぎ捨て、俺のYシャツのボタンを外しだした。

何が何だか分からないままでいると彼女の手が俺のベルトに手を掛けた時、その手を掴んだ。

「何してるか分かってんの?」

「分かってる」

雨で濡れているのか泣いているのか分からなかったけど、何となく望んでいる事は分かった。

だから着ている物を脱いで浴室に入り、シャワーの下で抱き合った。




電車の窓を打ち付ける雨を眺めていると、目的の駅に着く。

開いたドアから出て、駅の階段を人波に合せて降りる。

「ピピッ」と言う機械音を立てる改札を抜けて駅を出る。

左右を確認してさんを探すと、屋根の終わりの所にいた。

近付いて行くと彼女は手を伸ばしていて、手が雨に濡れていた。

そして相変わらず「ぴっちぴっちちゃっぷちゃっぷ」と口ずさんでいる。

「お待たせ」と声を掛けるとゆっくり振り向いて微笑んだ。

「おかえり、かずや君」


「今日は雨だって言ってたのに何で傘持って出ないの?」

「ん?だってかずや君が迎えに来てくれるでしょ?」

さんが風邪ひかないようにね」

「だからかな?」

「それって甘えてる?」

「んーそうかも?」

俺は彼女の肩を抱いて歩き出す。

二人の家に向かって。



2018/01/18