ダイヤのA
会いたくて
目の前にそびえ立つ建物は都内のマンション。
恋人・・・と呼ぶにはおこがましい気がするけど、まあ彼の住んでるマンションで。
いや、住んでるかどうかも定かでは無い。
彼とは半年近く連絡を取り合っていないからだ。
自然消滅したと思われても仕方ない程、放置した自覚があり、だからこそ掌にある合鍵を使っていいのか考えてしまっているのだ。
もし使ったとしてドアが開かなかったら?
使えたとして中に誰か(特に綺麗な女性)がいたら?
本人がいても歓迎して貰えなかったら?
そんな様々なシチュエーションを頭に描いてしまって、足が動かないのだ。
先に電話をすれば?って思ったでしょ?
合鍵同様、あれこれ考えて掛けられないんですぅ。
どやぁ!!!?
って、誰もいないのにドヤ顔した所で意味も無ければ勇気にもならない。
よし、まずは腹ごしらえをしようと、駅まで戻る。
なんせ朝から1000キロから移動してきて疲れてるからだと駅前のコーヒーショップへ入る。
陳列されているサンドイッチを手にしてレジに行き、ついでにカフェオレを頼む。
両方が乗ったトレイを受け取り、反対の手でキャリーを引く。
ひとまず開いている窓際の席に腰を下ろす。
カフェオレに砂糖を入れてマドラーでグルグルかき混ぜ、サンドイッチの包装を破る。
その瞬間、隣にトレイが置かれた。
空いてる時は1つ間をあけるよね?
と言うかトレイのカップは半分量が減ってる?
不信に思って隣の人物を見ようとしたら「じゃん」と声がした。
「え?」
「久しぶり」
カウンターに肘をついて手の上に整った顔を乗せて私を見る人こそ、先ほどのマンションの住人だった。
「一也・・・」
「スーツケース持ってるってっことは仕事終わったの?」
「え?ああ、うん」
「連絡くれれば迎えに行ったのに」
「いや・・・まあ、うん・・・・・・」
「・・・・・・喋ってたら食えないな。食べて行こうぜ」
「ん?うん・・・」
行こう?
ああ、送ってくれるって事か。
彼のトレイには何か食べた後の紙とカップのコーヒーだけ。
私は空っぽの胃袋にサンドイッチをカフェオレで流し込んだ。
食べ終わって一息入れると「んじゃ、行くか」と私のトレイまで持ち上げて下膳してくれる。
上着とキャリーを引きながら出口に向かうと、戻った一也がキャリーを持ってくれた。
「ありがとう」と礼を言うと微笑まれ、店を出て手を繋がれた。
そして何も言わず向かうのは彼の家の方向。
道中は向こうでの仕事の話などだ。
エレベーターに乗って部屋の前に着く。
ポケットから鍵を取り出した一也は開錠してドアを開けてくれる。
「どうぞ」と促されるままに室内へ足を踏み入れた。
背後でドアが閉ると同時に腕が引かれてバランスを崩す。
けれど回された腕が支えてくれたと同時に唇が塞がれる。
荒々しく重なる唇。
息を求めて開いた唇から舌が入り込んできてセクシャルなキスへと変わった。
「会いたかった」
唇が解放されて鍛えられた腕に抱き留められると、耳元で聞こえた一也の声。
自信家の彼らしくない弱弱しい声。
私は彼の背中に腕を回して抱き着く。
「ごめん」
色んな意味を含めての謝罪の言葉が口から出た。
すると一也の腕が緩んで顔を突き合わせる。
「どういう意味?」
「連絡しないで」
「ああ、そっちか・・・」
安堵した様な声と一緒に再び腕に捉えられる。
「そっち?」
「なんか様子が変だったし、別れ話でもされるかと思った」
「それは私の方が!」
「俺が浮気してるんじゃないかって?」
「・・・・・・うん」
「もしかして一回ココに来た?」
「・・・・・・下まで」
「下?」
あーこれは・・・・・・全部説明しないと納得して貰えないんだろうなって言うのが分かった。
だからとりあえずリビングまで移動した。
そして連絡出来なかった事や、合鍵を使えなかった理由を話す。
すると「俺って浮気する様に見えるんだ?」とか、「納得してないのに別れるとか有り得ない」とか怒られた。
「の浮気は疑ってないよ。あるとしたら本気だろうし。猪突猛進だしな」
「猪みたいな言われよう」
「だってそうじゃん?仕事の事ばっかで俺の事忘れちゃうんだし」
「忘れて・・・ない。けど・・・会いたくなるから」
「知ってる」
そして顔が近付いて、再び唇が重なり合う。
そのままソファに押し倒され、彼に全てを委ねた。
2018/04/20