ダイヤのA

御幸一也

約束のキス

授業が終わって荷物を纏めて帰ろうと廊下に出ると「」と呼ばれた。

その途端に足が止まってしまう。

声の主は御幸一也で、私の彼氏・・・だ。

昨日今日名前を呼ばれたワケでは無くて、それこそ付き合い始めた去年から呼ばれている。

壁に寄りかかっていた体を離し私の方へ歩いてきて、私の手を取り・・・繋いできた。

「どうしたの?」

「なにが?」

「何がって・・・」

下駄箱で靴を履き替え、寮へ向かう。

ひとまず御幸の寮の部屋へ荷物を置きに行って、彼が私の荷物を持ってくれて手を繋いで歩き出す。

「今日って塾無いんだっけ?」

「ないよ」

「んじゃ、夏休みに行った店行く?気に入ってたじゃん」

二学期が始まって2週間、毎日こんな調子だ。

塾がある日は家まで、無い日はお茶をしてから家まで送ってくれる。

「なに?」

「毎日じゃなくて良いんだけど。御幸だって練習しないとヤバイんじゃないの?」

「毎日練習してるけど?」

「・・・・・・」

「もしかして俺、フラれる?」

「ちがっ!?」

「なに?照れてんの?」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「っ!!!?」

「あ、真っ赤」

道端で、あろう事か周りに青道生いるのにキスしてきた!

「恥ずかしくて死ねる」

「はっはっは。人工呼吸してやるよ」

「信じらんない」

私は真っ赤な顔で歩きながら少しでも顔を隠そうと口元に手を当てる。

けれど隣の男はニコニコしながら歩いていた。

今までは野球ばかりでデートすらまともにした事が無い。

きっと2学期になってからの甘々な日々は、彼なりの詫びなんだと思う。

けれどそんな事は分かりきって告白をした訳で。

「ねえ、御幸」

「今度から名前で呼ばないと返事しねえから」

「え?」

「そろそろ良いんじゃね?俺は呼んでるし」

「い、いきなりハードル上げないで」

「もう1年経つじゃん」

「そうだけど・・・」

「そのうち同じ苗字になるんだし」

「そうだけ・・・え?」

「そういうの、考えた事無いの?」

「な、無くは無い・・・けど・・・え?」

「卒業したら別々の道に進むけど、別れる気ねえし」

「・・・・・・」

「一緒にいる為の努力はするつもりだけど?」

「御幸・・・」

「名前」

「か、かっ・・・ずや」

「えー?」

「一也」

「言えんじゃん」

「だ、だめ!」

近付いてくる御幸を片手で押さえつける。

またこんな所でキスされたら・・・

「ケチ」

「そ、そういう問題じゃ・・・ひゃっ!んっ・・・」

掌を舐められ、手を離した隙にキスされた。

「早くの受験終わんねえかなー」

「そっちだってドラフトじゃん」

「チーム決まったら忙しくなるしな。その前に二人でゆっくりしたいじゃん?」

「うっ・・・頑張る」

「そうして。もしかしたら東京離れるかもしれないし」

「・・・・・・うん」

必ず東京の球団になるとは限らない。

球団の半分以上は地方なのだから。

東京だとしても寮生活が規則だし・・・・・。

そう考えると・・・不安になってきた。

手を引っ張られ、近くの公園に入る。

と言っても遊具がある場所では無くて、木々の多い方へと。

しばらくすると御幸が真剣な顔をして私を見た。

「地方って聞いて不安になってるかもしんねえけどさ」

「うん」

「俺だって不安だから」

「え?」

「野球の事じゃなくて、の事な」

「私?」

「大学だってかなからずキャンパスが都内って訳じゃないだろ?」

「・・・・・・確かに」

私の行きたい大学は、最初の一年は神奈川の田舎だ。

「そうすると家に帰れなくなる事も出て来たり、サークルで他の男と知り合ったりさ」

「・・・・・・」

「何が起きるか分からないだろ?」

「そんな事考えてたの?」

「案外独占欲強いみたいだな」

「・・・・ふふふ」

「え?笑うとこ?」

「そういうの見せない人かと思ってたから」

「言わなきゃ伝わんない事ってたくさんあるし」

「そうだね」

「だからさ、寂しいとか言って欲しい」

「毎日?」

「それは流石にな。たまに言われたらキュンキュンしそー」

「えー言わない」

「それ男として寂しいから言って」

そんな下らないけど未来を見据えた話をしながらの帰り道。

5年、10年経ったら、きっとこの日を懐かしいと思いながら思い返せるのかもしれない。


2017/10/02