ダイヤのA
10years
着信音が鳴り響くスマホが22:38と言う数字と『御幸一也』を表示している。
「もしもし」
『おれおれ』
「詐欺はお断りです」
『違うって!』
「サッカーも好きじゃないです」
『おもしれぇ!!』
「ツッコミ求めてないんですけど」
『あー・・・うん』
たまに掛かってくる電話の相手は所謂幼馴染ってヤツで。
幼稚園の時の初恋の男の子。
小っちゃくって私と手を繋いで姉弟に見られる事もあった。
「ちゃん、ちゃん」と呼ばれるのが嬉しかった。
一也の家は工場を経営していて、お母さんがいなくて。
だから小学校低学年の頃までは良く遊んでいた。
けれど彼が野球チームに入ってからは、遊ぶ事は無くなっていた。
男女の違いもあり、会えば話す程度の関係へと変貌していった。
中学2年の頃からだろうか?
一也の身長が急激に伸び始めた。
その頃には呼び方も「」「一也」になっていた。
それなりにイケメンの彼がモテないワケが無い。
周りの女生徒からの視線が気になり、学校で話す事は無くなった。
それからだろうか?
私が一也を『男』として意識しだしたのは。
中学を卒業する頃には、一也に見下ろされる様になっていた 。
「俺の初恋記念」と言ってファーストキスを奪われた。
文句を言う前に彼は私の前から消えていた。
桜の木から花が消えて行くみたいに、あっという間の出来事だった。
彼が寮に入って野球をするのは知っていた。
だから付き合ったとしてもデート出来る訳でも無い。
何も期待していなかった。
それからしばらくして、一也から電話がくる様になった。
特別何か話すわけじゃない。
学校の出来事、テストの事が大半だった。
初詣でたまたま会った時も、何も無かった。
けれど今日の電話は・・・
「何かあった?」
『別に』
「嘘」
『声で分かるとか、ってエスパー?』
「バカ言ってないで」
『明日時間ある?』
いつも人の事を先回りして行動するヤツなのに。
本当に何なんだ、この男は。
授業が終わって猛ダッシュで電車に駆け込む。
手鏡を取り出し、乱れた髪を直してリップを塗り直す。
電車を乗り換えて待ち合わせ場所に到着。
改札を出ると鞄を肩に掛け、ガラケーを触ってる一也がいた。
その周りに制服を着た女の子が彼を意識しているのが分かる。
ふっと彼が顔を上げ、私と視線があった。
「来てたなら声掛けろよな」
「一生懸命携帯見てるんだもん」
「まあ、いいや。んじゃ、行くか」
久しぶりに彼の隣に並んだ。
あの頃よりまた背が伸びて、顔立ちも変わった。
しかも車道側を意識してか歩いてるし。
ただの幼馴染でしかない自分を女の子扱いさ れて照れ くさい。
「ところでどこ行くの?」
「もう着くよ」
信号を渡った先は土手なのが分かる。
自分達が良く遊んだ土手ではないけれど。
階段をあがり、草木が生い茂る方へ移動する。
すると一也が鞄からレジャーシートを取り出して広げた。
「座って」
「あ、うん」
ローファーを脱いでシートに上がる。
鞄を横に置いて座ると、一也もシートに上がってきた。
「足、伸ばして」
「え?」
「いいから」
彼の言う通り後ろに手を付いて足を延ばす。
すると私の太腿の上に頭を乗せて来た。
けれど腕を組んで私に背中を向けているので表情が分からない。
「・・・・・・どうしたの?」
「・・・・・・・・・」
無言のままの一也。
これって・・・甘えてるのかな?
弱音を吐く男じゃないのは知っている。
子供の頃から泣いてる姿を見た事が無いから。
その男がこの状態って・・・・・・。
もしかしなくても甘えてるのだろうか?
意地っ張りなこの男に聞いても答えは返ってこないだろう。
わざわざ甘える為に呼び出したのかと思えば大きな男が可愛く見えてくる。
右手をあげ、彼 の髪を撫でた。
「・・・・・・何してんの?」
「ん?撫でてるだけ。イヤ?」
「・・・・・・別に」
「あっそ」
そしてまた無言。
しばらくすると、頭を撫でている手を捉まれた。
「?」
すると掌にキスされる。
「なっ!?」
その瞬間、一也が私の方を見てニヤっと笑った。
「すげー真っ赤」
「な・・・なにしてっ・・・」
「掌で赤くなるなよ。キスしてんじゃん、俺達」
「そ、そういう問題じゃない!」
「はっはっは」
「・・・・・・」
「・・・なに?」
「今日、初めて笑ったなって」
「あー・・・」
思い当たる事があるのか、笑顔が苦笑いへと変化する。
「ちょっと怪我してさ」
「え?どこ?大丈夫なの!?」
「見せろって?のエッチ」
「はぁ!?」
「脇腹。まあ、もう痛くないけどな」
なるほど・・・・・・。
練習にも参加出来なくて拗ねてるのか。
「なんとなくの顔見たくなったんだよね」
「ソーデスカ」
「照れてんの?」
「違います」
「もう一回キスしていい?」
「脈絡なさすっ・・・」
文句を言い終える前に唇が塞がれてしまう。
逃げようにも首を固定されてて逃げられない。
唇が離れても額がくっついたまま。
顔を見たくても眼鏡の縁しか見えない。
「はぁ・・・」
「勝手にキスしといて溜息つくって何よ」
「・・・・・・いつかにも彼氏出来るのかな」
「・・・・・・自分がって思わないの?」
「俺、野球漬けだし」
「知ってる」
「なに?待っててくれんの?」
「さあ」
「だって勝手過ぎんじゃん?」
「罪悪感とかあったんだ」
「お前、俺を何だと思ってるんだか」
「一也でしょ?」
「・・・・・・」
「なによ」
「・・・・・・・・・あんま良い女になんないでくんない?」
「はぁ!?」
「ほんと、離れてんのキツいんだわ」
「っ!?」
「何驚いてんの?」
「そういう感情あったんだなって」
「るせっ」
「会いに行って良いの?」
「拒否った覚えもねえけど」
「来るなと言われた事は無いね」
「だろ?」
「うん」
「まあ、とりあえずさ。今は距離あるかもしんねえけど。あと10年もねえし。その後は嫌ってほど一緒にいるからさ」
「なにそれ、プロポーズ?良いの?将来決めちゃって」
「いいんじゃね?生まれてこのかた、以上の女知らねえし」
「これから出会うかもしれないじゃん」
「かもな。でも初恋貫くのも粋じゃね?江戸っ子らしくてさ」
「バカ」
「照れんなよ」
「照れるでしょ」
いきなり縮まった一也との距離。
びっくりしてるのもあるけど嬉しいのもあって涙が出て来た。
その涙を一也が指で拭う。
「泣くなよ」
「一也のせいだ」
「はいはい」
ぐっと抱き寄せられ、肩口に額を当てる。
さっきからアレだけど・・・ここってただの河川敷の土手じゃん。
まあ、あまり人がいないけど。
「もう一回キスしていい?」
「ダメ」
「何で?」
「もういっぱいいっぱいだから」
「マジ?でも俺が我慢できねえわ」
「っ!!?」
そう言って体を離して再びキスされる。
唇が離れると同時に開いた目に映った一也は真剣な顔をしていた。
「待ってて」
「・・・・・・仕方ないから待っててあげる」
そう言ったら一也が泣きそうな顔をした。
こんな顔をさせられるのは私しかいない。
そう思ったら後10年くらい待ってあげられる気がした。
2017/05/26