ドラッグ王子とマトリ姫

関大輔

君の笑顔が見たくて

同伴者が必要なパーティーがあり、渡部の秘書が同行してくれた。

渡部曰く「後腐れの無い女」らしい。

その言葉に乗るつもりは無かったが、結果的にそうなった。

体だけの関係は3年に及ぶものとなった。

どちらかの家で体を重ね、他には何もない。

俺の家で会えば彼女は寝ている間に出て行ってしまうし、

彼女の家であれば起きて俺は家を後にする。

男の性と言う言葉で完結したくは無いが、抱きたい衝動に駆られる事はある。

そんな時、俺は彼女を呼び出していた。

部下である泉が誘拐された事件が解決した昨日、彼女を呼び出した。

今日を逃せば年末年始に掛けて時間が取れなくなるだろう。

呼び出した彼女は何か様子が違っていた。

いつもなら俺の欲のままで始まる行為が逆転したのだ。

普段と違うと言うのは、別の意味で興奮を煽られるもの。

彼女が気絶する様に眠り、俺もその隣に体を横たえ目を閉じた。

「・・・ん、関さん」

体を揺さぶられて目が覚める。

重い瞼を持ち上げると、既に秘書のに戻っていた。

「朝早くにごめんなさい」
「いや・・・どうかしたか?」

「昨日話そびれてしまったので」

口元を隠し、顔がうっすらと赤くなった。

確かに昨日は様子が変だったしな。

もしかして恋人にって話だろうか・・・・・・それは困る。

「今日で終わりにしてください」

「え?」

「見合いが決まったので。まだ仕事を辞める事にはならないので、また会うとは思います」

「・・・・・・わかった。今までありがとう」

「私の方こそ、ありがとうございました。それじゃあ、失礼します」

すっと背筋を伸ばして部屋を出て行く彼女を、ベッドの上から見ていた。

心に湧き上がる感情から目を背ける様に、キッチンへ向かった。



あれから数日後の夕方、書類を受け取りに渡部の所に向かう。

「悪いね」

「戻るついでだ」

そして仕事の話をしていると、ドアがノックされて開いた。

顔を覗かせたのはさんだった。

俺を見て会釈をし、渡部の所まで歩いてくる。

「美佐紀さんから資料が届きました」

「ああ、さすがミサキちゃん!仕事が早いよね~」

「文句言ってましたけど」

「あ、ちゃん、もう帰って良いよ!明日でしょ?」

「あ、はい。じゃあ、お言葉に甘えて失礼します。何かあれば連絡ください」

そして再び俺に頭を下げ、部屋を出て行った。

「明日?」

「そう!お見合いなんだよ、彼女」

「女性はそういう年頃か・・・」

「・・・・・・。相手の男がまた凄いのなんの!俺としては失敗して欲しいけどねー」

「失敗?」

「まあ、男の方がね・・・良い噂聞かないし。でも絶対男の方が気に入っちゃうの目に見えてるし」

「そうなのか?」

「おいおい・・・・・・。お前は出家してるから気にならないだろうけどさ。才色兼備だよ?彼女」

「出家してない」

「女好きの男からしたら、彼女に惚れるっしょ」

その後の事はあまり覚えてない。

真黒な何かが、全てを覆い尽くしたから。



「・・・・・・ん、関さん?」

「えっ?」

「ドア、開けられないんですけど」

「え?」

言われてから自分の状態を確認する。

彼女の家の前に座り込み、どうやら眠っていた様だ。

すぐに立ち上がり、体をずらした。

「それじゃあ」と言ってドアを開ける。

その腕を無意識に掴んでいた。

「あ・・・・・・」

彼女と視線が絡み、掴んだ手を離す。

彼女の目が揺れる。

「私は関さんの事が好きなんです。もう惑わせないでください」

ドアの向こうに消えて行きそうになる彼女。

思わずドアを掴んで開き、彼女を抱きしめたまま部屋に入り込んだ。

ドアに 背を預け 、彼女をぎゅっと抱きしめる。

「ごめん・・・」

「・・・・・・何に対してですか?」

「・・・・・・わからない」

「それなら離してください」

「出来ない」

「明日の準備があるので離してください」

「・・・・・・・・・行くな」

「それは無理です。私は行きます」

「なら離せない」

「根競べですか」

「・・・・・・・・・」

「トイレに行きたいんですけど」

「え?」

思わず手を離す。

すると彼女は体を離して距離を取った。

顔を見れなかったから気付かなかったが、彼女の目から涙が次々と零れ落ちる。

(考えてみたら体を繋げている時と泣いてる顔しか見た事が無いな)

「もう、帰ってください」

俺に背を向け風呂場に向かう彼女を後ろから抱きしめる。

「好きだ・・・」

そう告げると彼女の体が強張った。

何も考えず口から出た台詞だが、妙にスッキリした気分だ。

(ああ、そうか・・・。俺は彼女が好きだったのか)

「好きなんだ・・・」

「・・・・・・ずるい」

「ごめん」

腕の中の彼女から力が抜けていく。

彼女の顔が見たくて体を反転させる。

ポロポロと流れる涙が、綺麗に思えた。

頬に手を添え、親指で涙を拭う。

目を閉じた瞬間、流れ出た涙を拭いながら唇を寄せる。

そっと重なる唇は、柔らかくて、甘くて・・・少し塩っ辛い。

唇を離すとゆっくり開かれる瞼。

現れた濡れた瞳に誘われる。

彼女を横抱きにしてベッドに運び、覆いかぶさる。

濃厚なキスを仕掛ければ、首に彼女の腕が絡みつく。

そして二人で快楽の海へと向かっていく。




汗をかいた体を抱きしめ、彼女の頭を撫でる。

密着する体から伝わる心音。

これが安らぎと言うものなのだろう。

「・・・・・・明日、行くのか?」

「行きますよ。約束なので」

「約束・・・・・・」

「はい」

再び沈黙が部屋を支配する。

思わず頭を撫でていた手を止め、彼女の体を抱きしめる。

「一緒に行ったら・・・ダメだろうか」

「一緒にですか?」

「やっぱり・・・変・・・・・・だよな」

「ん~どうですかね?」

腕の中で彼女の体が小刻みに震える。

彼女を見ようと体を離すと、口元を隠して笑っている。

?」

「・・・す、すいませ ん・・・あははは」

「・・・・・・」

「明日は実家に顔を出しに行くだけです」

「え?」

「見合い写真があるから見に来いって言われてるんです」

「え?」

「だから安心してください」

「・・・・・・」

「関さん?」

「やっぱり一緒に行くよ」

「え?」

「また見合い話持ってこられても困るしな」

「関さん・・・・・・それって」

俺は体を起こして彼女を見る。

すると彼女もシーツで体を隠しながらも状態を起こした。

さん」

「は、はい」

「結婚を前提にお付き合いしてください」

「・・・・・・」

「・・・・・・・・・・笑った顔が見たいんだけど な」

彼女の頬に手を当て、答えを催促する様に指で撫でる。

するとまた彼女の目が潤んで来た。

、返事は?」

「はい!」

涙を浮かべながら笑った彼女を、腕の中に閉じ込めた。


2016/12/14