ドラッグ王子とマトリ姫

今大路俊

カーネルさんの一日

出会いはこの店だった。

店頭で出迎える大きな素敵なオジサマの人形。

いつ見てもいつ来てもニコニコと笑って出迎えてくれるこの店。

私は窓際の席に座り、オジサマの後姿を見ながら待ちゆく人を見るのが好きだ。

あの日、去年のクリスマスイブも此処にいた。

クリスマスシーズンは店内より持ち帰りの客の方が断然多い。

私はチキンを食べながら擦れ違う人々を見ていた。

「あーん」と声には出さないまでもチキンを頬張った時、背中に衝動を感じた。

そして手の中のチキン(最後まで取っておいた足!)が足元に転がり落ちて行く。

「すいません!!!」

声が聞こえて振り向くと、女の子が見えた。
その 隣にピンクの頭の男性と金髪の男性。

金髪男が「使ってください」とハンカチを差し出してくる。

今になって気付いたが、どうやら肩にコーラか何かが掛かっていた。

どうせこの後の予定は何もない。

帰って風呂に入って寝るだけなのだ。

「気にしないでください」

「でも!」

「(tonight I have lots of things to get done…)」

「尚更気にしないでください」

「「「え?」」」

「え?」

「聞こえたんですか?」

金髪の人が目を丸くしている。

ああ、英語が聞き取れたかって事か。

「私は大丈夫です。せっかくのチキン、冷めますよ?」

「あぁーーーー!!!」

そして三人は店を後にした。

視線を感じて外を見ると、金髪男が私を見てニヤっと笑った。

「王子じゃなくて腹黒王子か」

もう二度と会う事が無いだろうと、彼の事は頭から消えて行った。




が、彼とは何度も遭遇する事となる。

最初は挨拶だけだったが、何かと話しかけられる様になり、

次第にご飯を一緒に食べる約束まで。

多分切欠は「その仮面、疲れないんですか?」だったと思う。

それから彼の素なのか、口が悪くなったり良くなったり・・・

まあ、別にどっちでも良いんだけど。

多分両手で数えるより会う回数が増えた頃、恋人より会ってる気がするとボヤいたら

「お前、他にも男いるのかよ」

「いたら会ってないわよ」

「・・・・・・」

「なによ、そのバカを見るような」

「バカだろ?」

「爽やかな顔されて言われてもね」

さんは僕が何も思っていない女を食事に誘う程暇に見えているんですね」

「そうは思ってないけど・・・」

「だったら気付け、バーカ」

そんなこんなで始まったお付き合い。

けれど今までの恋人とは違った。

付き合い始めて半年以上経つけれど一度も部屋に招かれた事が無い。

というか、お互いの部屋に行き来した事が無い。

デートの約束をしてもドタキャンは多いし、連絡が来ない事もある。

残業の後、残ってた同僚と飲みに出掛けた。

店を出てフラフラと駅に向かって歩いていると、反対側を歩く峻さんがいた。

一人では無く、綺麗な女の人と腕を組んでいたけど。

その時「ああ、遊ばれたか」と胸にストンと何かが落ちた。

何日かして彼からメッセージが届く。

クリスマスデートのつもりなのだろうか。

土曜の夜の待ち合わせ。

本命の彼女とは昼間のデートなのかな。

そんな事をぼんやりと考えていた。


24日の夜。

峻さんとの待ち合わせにはまだ時間がかなりあるが、私は駅前にいた。

ロータリーにあるベンチに座り、イルミネーションなどを眺める。

その先には店頭に立つ白いオジサマがサンタのコスプレをしていた。

「どの駅にもあるよね~」

しばらくすると周りが急にざわつき出したから空を見上げると、白い雪が降り始めていた。

何となく手を伸ばしていると、掌に柔らかいのに冷たい感触。

私の恋心も、こうしてスーッと溶けて行けばいいのに・・・

そんな事を考えていると、掌がぐっと掴まれた。

「おまっ・・・何して・・・ハァハァ」

私の視界に入って来たのは息を切らした峻さんだった。

「え?・・・まだ時間早いですよね?」

私の手を掴んだまま、息を整えて姿勢を正していく。

「仕事終わって、家に戻って着替えようとしてたんだよ」

「ああ、お疲れ様です?」

「・・・・・・こいっ」

「え?・・・・・・うわっ!」

強引に腕を引かれ連行される。

知らない道をひたすら黙って歩く。

大きなマンションの敷地に足を向ける彼の後に続く。

エントランスからしても、かなり高額の物件だろう。

エレベーターに乗り、到着階で降りる。

廊下には広めの間隔でシックな扉が並んでいる。

その一室に鍵を差し込んだ彼が扉を開いた。

大理石の玄関は広く、その先のリビングまで手を引かれた。

物が少なく、生活感も無い。

そしてソファに座ら去れ、隣に彼が片足を上げ私の方を見る。

「何で駅にいた?」

「待ち合わせ・・・したよね?」

「20時って言ったよな?」

「うん」

「今はまだ18時で、あんなに冷たかったけど何時からいたんだ?」

「えーっと・・・・・・いつだろう?」

「・・・・・・」

「峻さんって顔で表現するよね」

「手っ取り早いだろ」

「いやいや。言葉があるなら使わないと」

「ふーん?」

「上から目線」

「俺の方がデカイからな」

「そういう問題?」

「知るかよ」

「ここって峻さん家?」

「それ以外何があんだよ」

「恋人の邸宅」

「・・・・・・」

「アホ過ぎてどうしようもねえな的顔しないで下さいよ」

「思ってるんだから仕方ないだろ」

「私なんかが来て良いのかなーって」

「?何言ってるんだ?」
「いや、なんとなく?」

「疑問形で答えんな」

「あははは」

「・・・・・・ああ」

何かを閃いたかの様な顔をしたかと思えば、急に立ち上がる。

そしていきなり私を抱き上げた。

「うわっ!」

「暴れると落とすぞ」

「落として良いです!おーろーしーてー」

「着きましたよ」

ポスンと背中に柔らかい感触が。

同時に峻さんの香りが辺りを包む。

逃げ出そうにも峻さんがいて叶わない。

「I guess you don't know how much I love you.」

(あなたは私がどれほどあなたを愛しているか知らないでしょ?)

「え?」

「今夜はイヤと言う程分からせてあげますよ」

それから明け方まで、眠る事は出来なかった。




あの白いオジサマはまるで自分の様だと思っていた。

ただ何も言わずに待つだけ。

けれど昨日、思ってる事を口に出せと峻さんに怒られた。

昨日初めて知ったのだが、彼は警察関係の仕事をしているらしい。

そしてあの時に歩いていた女性は、その関係の人なのだと。

かなり忙しい部署らしく、朝も夜も忙しい時は忙しいらしい。

だから私が眠っていたらと連絡をしなかったとか。

今、この場に白いオジサマがいたらキスの1つでも送ったであろう。

この日初めて、彼のベッドで抱き合いながら眠った。


2016/12/22