ドラッグ王子とマトリ姫
ベルトを外す音
彼と私の想いは同じじゃない。
だから彼がベルトを外す音を聞いて安堵してしまうんだ。
もう少しだけ・・・彼女でいさせて
「「「おめでとう!!」」」
梅雨の時期は鬱陶しいけど、独身女性からすれば友人の結婚も鬱陶しい。
僻んで八つ当たりしても自分が幸せになれる訳でもないから素直に祝っておく。
そして同じ独身仲間と会費分だ!と飲んで飲んで飲みまくる。
「で?彼とどうなってるの?」
と、包み隠さず突っ込んでくるのは高校からの親友で。
結婚式の二次会で顔を突き合わせて隅の席にいる。
そして彼と知り合った合コンにも一緒に参加していた。
「別に何も?」
「デートはしてるんでしょ?付き合ってどれくらいだっけ?」
「半年かな?デートはまあ・・・両手で足りるくらい?」
「え?マジで?」
「仕事が忙しいみたい」
「それって淋しいじゃん」
「ん・・・そろそろ終わりかも」
「よし!次だ次!」
そして二人で二次会に来ていた男性と会話を楽しんだ。
履きなれないヒールで靴ずれを起こし、最後の乗り換えの駅からタクシーに乗った。
ドレスにご祝儀に二次会に美容院にタクシー、今月の出費がかさみ過ぎた。
今月の飲み会はかなり控えて自炊しないとな・・・
家まであと一角と言う所でタクシーを降り、ビンゴで当てたたこ焼き器を持って歩き出す。
「重い・・・」
マンションに入ろうとすると反対側から人が来た。
うちの住人ならば先に行って貰おう、そうすればオートロックを解除してくれる。
そう思っていたら「お帰り」と声がした。
「え?樹さん?なんでここに・・・」
「前に送ってきた事があったし」
樹さん事、青山樹さんは警察関係の仕事をしてるらしい。
だから呼び出される事は度々あったし、普段から睡眠時間が短くて仕事をしている。
私とのデートは外でしかなく、互いの家を行き来した事も無い。
豪華な食事に高級ホテル。
なんだか自分が娼婦にでもなった気持ちになって最後のデートの時に別れたいと伝えていた。
あれから一週間、電話どころかメールもメッセージもしていなかった。
「この間の件で話がしたいんだ。上がらせて貰えないかな?」
「えっと・・・ごめんなさい。日を改めさせてくれませんか?」
正直もうクタクタだ。
その上別れ話なんて身が持たない。
「10分、5分だけでいいんだ」
「今日はバタバタで片付けも出来ていないんです」
「それなら場所を変えても良い。今話したい」
「・・・・・・わかりました」
そして近くに停めてあった彼の車に乗り込む。
荷物は後部座席に置かせて貰った。
そしてシートベルトすると車がゆっくり走り出した。
「・・・・・・あれ?」
ゆっくり瞼を上げると、オレンジ色の柔らかいライトの部屋にいた。
また別のホテルかな?
ええと・・・確か樹さんの車に・・・・・・もしかして寝てた!?
あれこれと逡巡していると「目が覚めたのか?」と背後から声が聞こえた。
それと同時にベッドが軋んで彼が上体を起こしたのが分かった。
「すいません、寝てしまったみたいで」
「疲れてるのを無理矢理連れて来たんだから気にしないでくれ」
ベッドの上に片膝を立てて腕を乗せ、柔らかく微笑む樹さん。
別れ話してる最中にキュンキュンしてどうするのよ!
私も体を起こしてベッドに座る。
「あ、いえ・・・」
「1つ聞かせてくれないか?別れたい理由を」
「どんな理由でも良いです。樹さんに都合のいい理由で」
「嫌いになった?」
さっきの優しい微笑は消え、悲壮な顔をしている。
そんな顔をさせているのが自分なんだと胸が痛む。
「・・・・・・」
「納得できる理由をくれないか?」
「樹さんが納得できる理由って何ですか?」
「無いな」
「・・・・・・え?」
「一応レディーファーストで聞くだけ聞いたけど、別れる気はないんだ」
「どうして・・・」
「好きだから。手放したくない、他の男に触られたくない」
「・・・・・・・・・」
「もっと言うなら不可能な事もあるけど我儘を言われてそれを叶えたい。甘えて欲しいし甘やかしたい。可能なら一日中抱いていたい。本当なら家から一歩も出させたくないくらい惚れてるよ」
「っ!!!!」
「今だって誰が触ったか分からないドレスを脱がせたいし、誰かが触れたかもしれない肌をバスルームで洗い流したい」
「なっ!?」
「髪は自分でアップにしたのか?美容師か?それは男?女?」
次々と言葉を発しながら手が伸びてきて私の襟足を長い指が撫でる。
「ちょっ!樹さん!?」
上体を後ろに傾けて距離を取り、樹さんの触れた場所を掌で隠す。
「俺に触れられるのも嫌なのか?」
「ちがっ!」
「もう・・・限界」
二の腕を掴まれたと思ったら引かれてバランスを崩し、樹さんの方へ倒れこむ。
するとふわりと腕に抱かれてベッドに押し倒された。
「いつ・・・っん・・・・・」
名前を呼ぼうとした唇に舌が入り込み、喋る事も出来なくなった。
腕は頭上で一纏めにされて動かせない。
足の間に入り込んだ樹さんの体のせいで足もまともに動かせない。
「んんっ!!!!」
文句を言いたくても言えず、樹さんの空いている手が私を暴いていく。
ドレスを脱がされ、下着を取られ、樹さんのネクタイが私の手を押さえつけている。
「やぁっ・・・・あんっ・・・・・」
ありとあらゆる場所に触れられ、キスされ、舌で愛撫された。
目尻から流れる涙は生理的な物なのか悲しいからなのかもわからない。
けれど肝心の樹さんはまだ入ってきてくれない。
「やぁーーーっ!!!!」
長い指が感じる1点を攻め続け、私の体が硬直する。
はぁはぁと息を整えていると、カチャチャと音がする。
ああ、ベルトのバックルの音だ。
彼が私に乗り上げてヘッドボードにある避妊具に手を伸ばしたと思ったら動きが止まる。
そして彼が私を見た。
「、愛してる」
キスされると同時に足が持ち上がり、彼の体が密着する。
「んんーーー!!!!」
太く熱い塊が私のナカにゆっくりと入り込んできて何も考えられなくなった―――
荒くなった息が整って来た。
彼の腕枕で向き合わせだけど目を閉じてるから彼がどんな表情をしてるのか分からない。
けれど私の髪を梳いている指が優しいのは分かる。
「寝たのか?」
小さいけどはっきりした声がして、私は目を閉じたまま「いいえ」と答える。
「無理させて悪かった」
「いいえ、謝らないでください」
「さっき○○って店にいたのを見たんだ」
「え?」
お店の名前は二次会の会場だった場所。
確かに貸し切りじゃなかったけど・・・
驚きすぎて目を開けてしまった。
「見た事も無い、違うな。出会った時の顔で笑ってた」
「笑って?」
「最近の笑った顔を見てない」
「そう・・・ですか?」
「笑顔が消えた理由を考えても分からなかった」
「それは・・・」
「なに?」
「なんだか樹さんの隣にいるのが辛くなってきたんです」
「辛い?」
「私は美人でもスタイルが良い訳でもないし、毎回連れてってくれる店もホテルも一流な場所で・・・不釣り合いだなって」
「女っていうのはそういうものじゃないのか?」
「今までの方はそうかもしれないけど・・・私には無理です」
「家で食べたりが良いのか?」
「毎回外食はちょっと」
「男が台所に立つのは?」
「良いんじゃないですか?」
「―――待ってろ」
そして樹さんはガウンを羽織り、部屋を出て行く。
何だか分からないけど、とりあえずベッドに横になったままでいた。
するとやはり疲れからかウトウトしてしまう。
「」
頬へのキスと名前を呼ばれた事で目が覚める。
すると出汁の良い香りがした。
身体を起こそうとしたけど裸なのを思いだした。
けれど樹さんがバスローブを渡してくれたので、それに袖を通す。
「結婚式であまり食べてないんだろ?低カロリーの夜食だ」
「あ、にゅうめん」
「食べてくれ」
「でも」
「たまにはベッドで食べるのも悪くないだろ」
そして私の横に座って彼が箸を持ち、麺を一掬いして息を吹きかける。
「樹さん?」
「ほら、あーん」
「えっ!!!?」
「早く。冷めるぞ」
仕方が無いので口を開ける。
すると温かい麺が口に入り、出汁の香りが広がった。
「お、おいしい・・・」
「・・・ん」
樹さんは再び同じ動作をした。
「あ、あの、自分で食べれます」
「俺が食べさせたいんだ」
そう言って結局お箸を握らせて貰えなかった。
「それにしても良く材料ありましたね」
「料理が趣味だからな」
「―――え?」
「以外か?」
「え?いや・・・え?ここってホテルじゃないんですか?」
「俺の自宅だけど?」
「えぇーーー!?」
驚いたのも束の間、トレイはどけられてベッドに押し倒された。
「さて、俺の手札は切ったぜ?」
「手札って」
「誰もいれた事の無い部屋に連れ込み、誰も知らない手料理の腕前も披露した」
「・・・・・・」
「家でのデートに切り替えて良いなら大歓迎だ?なんせ趣味が料理だし。家ならいつでもイチャイチャ出来るしな」
「イチャイチャって」
「どれだけ我慢してきたと思ってるんだ?」
ワンセンテンス毎に甘いキスを仕掛けられる。
反論しようにもすぐに唇が塞がれて喋れない。
「だから諦めろ。これだけの事が好きなんだからな。もう放してやれない」
そう言って再び甘い誘惑に負けてしまった。
それから樹さんは、部屋の中にいる間は離れてくれなくなった。
そしてプロポーズを受けてから青山財閥の長男だと知らされたのだった。
2018/05/24