ドラッグ王子とマトリ姫

夏目春

さよならのキス

上司でもある男とデートしてたら彼の上司に遭遇。

「何をしている!!!!」

夜の道端でいきなり大声出されて驚いたのなんの。

その後三人ですぐ傍にあったカラオケボックスに移動して話し合いが始まった。

「どういうつもりかね?」と聞かれても何で怒られる理由が分からないでいると、矛先が彼に向かった。

すると彼は上司に向かって土下座をして「すいません」と言った。

何の事かさっぱり分からないまま男二人の会話は進む。

「不倫」「子供」「娘」と言う単語が出てくる出てくる。

どうやら彼は妻帯者で、嫁の父親がこの上司らしい。

それから二人に謝られ、転職先を斡旋して貰う事になる。

あれから東京に移動してきて半年が過ぎた。

正直言って、恋愛は面倒だ。

だからと言ってオトコ遊びをするには度胸が無さすぎる私。

紹介して貰った不動産会社の営業で成績を残しているから、恋愛をしている暇も無い状態で。

唯一の楽しみはお酒になってしまった。

2か月前に見つけたショットバーが今のお気に入り。

「いらっしゃい、さん」

「こんばんは、マスター」

カウンターしかないバーの店内は暗く、あまり広い作りでは無い。

お気に入りは一番奥の席だけど、その日は先客がいた。

栗色の髪の男性。

マスターは「ハル君」と呼んでいた。

それから数度顔を合わせたけど喋る事は無かった。

3週間くらい経った頃だろうか?

一番奥の席でお酒を飲んでいると「こんばんは。隣、良い?」と声を掛けられた。

この段階で彼は相当酔っていたらしい。

たまに聞いていた甘い声が「さん」と私の耳をくすぐる。

どうやら仕事で嫌な事があったらしくて一緒にグラスを重ね、気が付いたらホテルのスイートで彼に抱かれていた。

顔も知り程度の綺麗な男の子と抱き合うのは物凄く気持ちが良かった。

今までのセックスが何だったのか分からない程、何度もイカされる。

お酒の力と快楽を貪り続けた体は疲れ果て、そのまま眠りにつく。

そして目が覚めると既に彼は出掛けた後で、会う事も無くなった。



決算前の3月は、楽しみのお酒を飲む暇も無い程忙しくなっていた。

だからあのバーに行く事も無く、ハル君に会う事も無い。

勿論、連絡先なんて知らない。

一夜限りのアバンチュールってヤツだと気持ちを切り替える。

「麻薬取締部 捜査企画課の関と夏目です。今回はさんの件で…」

突然やってきたイケメン二人が受付で何か喋っている。

と言うか何でハル君がうちの会社にいるのだろう?

目を疑ったけど、本物のハル君がいる。

麻薬取締部?捜査?

訳が分からないまま話は進んでいく。

どうやら去年入った君が麻薬所持で逮捕されたらしい。

だから会社の彼の所持品を調べる為に来ているらしい。

人生で初めて事情聴取とやらもされた。

調べつくしたのかハル君達は大荷物で帰っていき、また日常が戻ってくる。

休憩室やトイレで「マトリの彼等がイケメンだった」とか「連絡先聞いたけど断られた」等と聞こえたけど、聞こえないふりをする。

私には全く関係ない話なんだ。

デスクに戻って見積もりを作ったり契約書を作ったり、仕事に没頭した。

「おい、。お前もほどほどにして帰れよ」

デスクをノックされ、その音でパソコンから目を離すと同僚が覗き込んで来た。

「うわっ!お疲れ様です」

「化粧ハゲてクマが丸見えだぞ?早く帰れよ」

と同僚が手をヒラヒラさせて部屋を出て行く。

引出から鏡を取り出して覗き込むけど、そこまで酷くない…はずだ。

「……帰るか」

デスクにある仕事の大半が片付いてしまっている。

そこまで集中したつもりはないけど、今はゆっくり眠りたい。

幸い明日は休みだ。

パソコンの電源を落としながら上着を着て、カバーを掛けてバックを持って席を後にした。

エレベーターから降りて建物を出ると、昼間とは真逆で街まで真っ暗だ。

夕飯どうしようかなと考えてたら「ちょっとシカトとか有りあえないんだけど」と声がした。

「え?」

無意識に声のする方を見ると植え込みから腰を上げるハル君がいた。

そして手をポケットに入れたままこちらに歩いてくる。

「何時間残業してんの?」

「え?えーっと……4時間?」

「そんなの聞いてないし。行くよ」

思わず時計を確認して答えると、その腕を掴んでハル君が歩き出した。

何処に行くのか聞いても答えてくれないしで、気が付けばこの間のホテルにいた。

ロビーを抜けてエレベーターホールに。

カードキーを翳すと、控えめな音がして扉が開く。

程なくしてエレベーターが停まって扉が開く。

そしてこの間のドアが開き、中に入れられた。

次の瞬間、私はハル君の腕の中にいた。

さんが来るの待ってたのに…んっ…」

言葉と共に唇が塞がれ、ドアに押し付けられる。

押し付けられるような唇が熱くて、甘美なものへと変わって酔いしれる。

「避けてた?」

唇が離れて言葉を発する事が出来る距離。

けれどそれ以上離れていかない彼の整った顔。

思わず目を伏せるけど濡れた唇が煽情的で目を閉じる。

「まあ、いいや。もう逃がさないし」

腰にあった手が動き、ゆるゆると意識を持った指が背中をせり上がっていく。

その行為に思わず「あっ…」と甘い声が口から出てしまった。

「明日ゆっくり話そう。今は抱かせて」

私からYESを引き出したいのかNOを言わせない為なのか、ゆっくりと顔が近付いてくる。

だから私は彼の首に腕を巻き付け、右足を彼のヒップの辺りに巻き付ける。

一瞬驚きで開かれた瞳が見えたけど、再びキスをしかけられて目を閉じた。

私の気持ちが通じたのか、私の膝裏に彼の手が回った。


2018/03/22