ハイキュー!!

黒尾鉄朗

背中に隠した恋

「好きな子が出来た。お前と違って俺を頼ってくれる」

「お前って一人で生きていけるよな」

といると教師と一緒にいるみたいで休まらない」

今まで付き合ってきた恋人のセリフだ。

そもそも甘えるって何?

重い荷物を持って貰う事はあるけど、自分の鞄まで持って貰うのは嫌だ。

それは信頼してないからでは無く、自分で持っていないと不安だから。

使った物を元に戻してと言えば後でやるからと結局やらないのは彼で、

結局私が片付けている。文句も言わずに、だ。

疲れ切った体で家に戻って彼がいればご飯を作る。

料理も出来ない男に「ご飯作って」と言えば甘える事になるのだろうか。

外に出たくないから仕方なくでも作って文句を言われる身にもなって欲しい。

そもそも自分で出来る事を頼む事が甘えになるのだろうか?

正直、もう『恋人』と言う存在が面倒で仕方がない。

ならば腹を括って一人で生きて行こう。




昨年、隣の部署に新しい人が入社した。

彼は黒尾鉄朗と言って、うちのバレーボールチームに移籍してきたらしい。

背が高いのにいつもニコニコ(ニヤニヤ?)しているので威圧感が無く、誰とでも上手くやっていける人。

彼のいる飲み会に参加した事があるけど、面白くて面倒見が良い。

何回目かの飲み会の帰り「もっと男に頼ったら?」と言われてしまったが苦笑いで返す事しか出来なかった。

特別関わりがある訳でも無いのにそう思われると言う事は、私は相当なのだろうなと思う。

それからと言うもの、彼と挨拶だけでは無く話す機会が出来た。

内容としてはランチの話だったり、飲み会の話だったりと色気も素っ気も無い。

「黒尾さんって一人かな?いつもリングを通したネックレスしてるんですよね~」

「え?そうなの?」

「試合とかで見えるんですけどね。直接聞いたら『どうだろ?』って、かわされちゃいました」

私の後輩にあたる子が、彼の事を好きらしい。

何かとランチの時などに黒尾さんの話題が上がる。

彼女がいたとしても、きっと自分とは真逆の可愛い彼女がいるんだろうな。

万が一にも自分が彼女になれたとしても、今までの彼氏同様離れて行ってしまうだろう。

この想いに名前を付けてしまうのは憚られた。

それこそこの年で『片想い』なんてバカらしい。

でも、そう思っている時点で恋をしているのは明らかだ。

ならばこのまま秘めたままでいよう。

片想いならば相手が離れていく事は無いのだから。

今までは相手から言われて付き合っていたので、『片想い』と言う状態も学生に戻ったみたいで楽しいものだ。

それに女は恋愛している方が綺麗だって言うし?

こんな事を友達に話せば笑われるだろうな。

考えを断ち切る様に、手にしていたグラスの氷が音を立てた。



「先輩!試合、一緒に観に行きませんか?」

飲み会で後輩からチケットを貰った。

それは我が社のバレー部の試合のチケット。

自分から行動が出来ないから、後輩の想いに乗っかってみる。

社会人バレーを観るのは初めてだった。

最寄りの駅で待ち合わせをし、彼女と一緒に会場に入る。

応援席には既に人も応援団もいた。

「すごい・・・」

同じTシャツを着てメガホンを持ち、応援の練習をしている。

高校時代に目にしたバレーの試合風景よりも凄いと感じた。

チケットに掛かれた座席番号に腰を下ろす。

程なくホイッスルが鳴り、試合が始まった。

コートに視線を移せば、彼がいた。

試合中の彼は仕事の時と同じに見えた。

真剣だけど飄々としている姿。

長い手足に広い背中。

普段とは違う彼に、胸の奥が熱くなった。

「ちょっとお手洗い行ってきますね」

試合が終わってロビーに戻る。

すると後輩がそう言って長蛇の列に並びだした。

私は胸に溜まった熱を吐き出すように長い息を吐く。

初めて観る彼の試合は凄いの一言だ。

真剣な眼差し、飛び散る汗、時折見せるニヒルな笑い。

長い腕から放たれる力強いスパイク。

思い返してても顔が熱くなる。

両手で顔を覆って、後輩を待った。




「昨日、試合に来てたよね」

出社して早々遭遇した黒尾さん。

腕を掴まれ会議室に連れて行かれた。

そして開口一番に出て来たのが先ほどのセリフだった。

「え?」

「来てたデショ」

「えっと・・・はい」

私の背中には出入り口、そして目の前には黒尾さん。

これで手が付けば「壁ドン」状態と言う程近い距離。

距離を取りたくても取れないからドアに体を押し付ける。

「誰を応援してたのかな?」

「え?」

「誰の事見てたのかな?」

「誰と言うか」

本人目の前に言えるものでは無い。

思わず視線が揺れ動いてしまう。

あれこれ考えていたら、自分の腰を抱き寄せられていた。

「え?」

「素直じゃないって言われない?」

「・・・・・・」

「ま、いっか。これから素直になって貰うし」

「あ、あの!」

「手始めに今度の試合、応援しに来て。もちろん俺の」

額に寄せられたキスで、私の中の何かが溶け出す感じがした。


2017/1/13