黒子のバスケ

黄瀬涼太

売れ残ったケーキ

高校を卒業後、製菓学校に入学。

就職氷河期を何とか乗り越え、有名チェーン店に就職。

けれどその店は機械が導入されていて、自分の目指すものと違ったので退職。

何とか見つけた小さなケーキ屋さん。

最初は客として入った店だったのに、味に惚れてしまったのだ。

安月給でも何でもいいからと弟子入りさせて貰い、何とか再就職。

この店は定年前の夫婦が経営していて、息子さんが後を継がなかったらしい。

2階建ての家で1階が店舗と調理場で、1部屋物置状態。

「家賃払えるまで給料払えないから、物置を片付けて住むと良い」

お言葉に甘えてその部屋に住まわせて貰っている。

店の後に練習もさせて貰えるし、三食奥さんが準備してくれる。

何とも有難い。

奥さんは奥さんで「まだ嫁がいないから娘が出来たみたい」と喜んでくれる。

いや、もう本当に神様の様な夫婦だと思うよ。

足を向けて寝れないって、2階に足を向けて寝るのもどうかと思うけど。

まあ、そんなこんなで過ごしていた。

そして今年もやってきましたクリスマスシーズン。

この時期の店は地獄としか言えない。

本当ならクリスマスまで店を閉めてクリスマスケーキに専念したい!

でも、小さなこの店でそんな事をすれば命取り。

早目にクリスマスケーキを決め、受注生産と言う形をとる事でロスを減らす。

予約が入る度に喜びと悲しみがせめぎ合っている。

「いらっしゃいませ」

ドアが開き、客が入ってくる。

かなり背の高い男性の様だ。

帽子をかぶった男性は腰をかがめてショーケースを見ている。

「全部美味そうっすね~。一通り1つずつでお願いし・・・あれ?」

「え?」

ふと男性を見ると、そこにはあの黄瀬涼太がいた。

何でここに・・・

「えーっと・・・・・・センパイっすよね?」

「なんで名前・・・」

「忘れないっすよ、笠松センパイの元カノなら」

「嫌な覚えられ方ね」

高校2年から3年にかけて、私は笠松幸男と付き合っていた。

うん・・・一応彼女って存在だった。

けれど笠松は部活三昧だし、テスト期間に一緒に帰る程度の付き合いだった。

笠松が引退する頃は受験の真っ只中で会う事も無かったし、

卒業式の日に私達は別れる事にしたのだった。

「もしかして現在も彼女なんスか?」

「それって不倫になるじゃない」

「あ、知ってたんスね」

「同窓会で会ったし」

「なるほど」

「というか、ケーキの準備出来たけど。保冷剤入れる?」

「一応ヨロシクっす。今度ゆっくり話さないッスか?」

「今話したじゃない。3780円です」

「えー後輩に冷たくないッスか?んじゃ、5千円で領収書ください」

「あて名は?」「名前で」

「じゃあ、おつりの1220円と領収書ね」

「絶対会いに来るッスからね」

「お客としてならね。ありがとうございました」

多分もう会う事が無いだろう背中を見送った。




黄瀬の来店から2週間経った。

クリスマスまで10日となった頃、再び黄瀬が店に来た。

っち!どういう事っすか!!!」

来店するなり顔を見て怒鳴られた。

他に客がいなくて助かった・・・

「(っち?)どういうってどういう?」

「先週、閉店後に店の前で待ってたんスよ!?」

「ああ、だって此処に住んでるし」

「え?」

「だから、ここに居候させて貰ってるの」

「なるほど・・・」

「何で待ってたの?」

「そりゃあ、せっかく会えたんだし話の1つや2つ」

「別に話す事も無いと思うんだけど。笠松の事だって黄瀬君の方が知ってるでしょ?」

「笠松センパイの事じゃないっすよ~他にもこう・・・」

「わかったわかった。で、いつがいいの?」

っちに合せるッス」

「それじゃあ、今夜。店が終わってからだけど」

「了解ッス」

そして黄瀬と連絡先を交換しあった。

店が終わって黄瀬に連絡を入れて駅前で待ち合わせ。

近くの店に入って近況を話す。

黄瀬はバスケを止めてモデル業に専念してるらしい。

うちの店の近くにスタジオがあり、週に1度通ってるんだと。

「で、本題なんスけど」

ただのビールジョッキもモデルが持てばポスターの様だな・・・と考えていたら、

黄瀬はジョッキをテーブルに置き、両手を膝の上に乗せた 。

「本当は色々シチュエーションとか考えたけど、時間も無いからストレートに」

そして試合の時の様な真剣な目が私に向けられた。

私はジョッキを持ってビールに口を付ける。

「オレと真剣に付き合って欲しいッス」

「・・・・・・・・・どこに?」

「そこ、ボケるとこじゃないッスよ~」

「ボケてないし」

「男女の付き合い!恋人ッス!!」

「いや、無理」

「なんでッスか!!」

「いやいやいや。周りに綺麗な子も可愛い子もいっぱいいるでしょ」

「顔だけの子なんて興味無いッスよ」

「わけわからん」

っち抱きしめたりキスしたりエッチな事もしたいし・・・」

「わーわーわーーー!あんた、有名人の自覚あんの!?」

「あるけど本気のオンナ口説くのに見栄も何も無いッスから」

「本気って・・・」

「結婚を前提とした?」

「けっ!!!?」

「高校ん時から好きだったんスよ。でもっち笠松センパイのカノジョだったし。

別れたって聞いたのは卒業してからだったし。っちの連絡先知らないし」

「まあ、黄瀬に興味無かったしね」

「ひどいっすよ~」

「事実だし」

「正直なとこも好きッス」

「・・・・・・」

「あ・・・照れてる?」

「うっさい」

「可愛い・・・」

「・・・・・・・・・」

「直球に弱いんスね」

「慣れてないもんで」

「本当に好きッス」

「分かった」

っちしか好きじゃないし」

「分かった!」

「ずっと片想いしてたんで」

「分かった!!」

「だから結婚して」

「分かったってば!!!・・・・・え?」

「やった!!!それじゃあ、行くッスよ」

彼は私の腕を掴んで立ち上がらせる。

「待って!、どこに!?」

「オレん家!」

「えぇーーー-!?」

「何年越しだと思ってるんスか?」

「そ、そんな事言われても」

ぐっと腕を引かれ、黄瀬の顔が近付いた。

そして耳元で「何年分も愛させて」と囁いた。

店を出て黄瀬の家に行き、メロメロに愛された。

クリスマスイブは売れ残りのケーキを押し付けてやろう。


2016/12/16