黒子のバスケ
限りの月
高校3年の受験シーズン真っ只中、もうすぐクリスマスという時期だった。
隣のクラスの黄瀬涼太がウチのクラスの男バスの所に来てたと思ったら私の席の目の前に立っていた。
見上げると人懐っこい笑顔で「さん、オレと付き合ってください」と言った。
「えーと、罰ゲームか何かなら他を…」
「告白をゲームなんて酷いッス。真剣に……」うんぬんかんぬんと私を好きになった事を説明され、告白をOKせざるを得なかった。
あれから7年の年月が経過しても、私たちは一応恋人と言う関係でいる。
一応と言うのは最近涼太と会っていないからだ。
彼はモデルで私はただの会社員。
元々生活パターンの違いはあったが、それなりに一緒にいる時間を作っていたと思う。
けれどこの三か月間会ったのは1回だけで、電話も数回だけ。
ああ、これはもう飽きられたかな?と思った矢先、スマホがメッセージを受信した。
『師走の忙しい時期ッスけど、来週かならず休める日っていつッスか?』
必ずって……嫌な予感しかしない。
けれど逃げた所で何もならないのも分かってる。
それならと週末でと返事をいれると『了解ッス』と素っ気なく、返って来た。
今までなら顔文字やスタンプが必ずあったのに。
それから3日後『〇〇駅(涼太の最寄りの駅)に19時』とメッセージが届いた。
別れ話かもしれないのに、お洒落をして待ち合わせに向かう自分がバカだなとも思う。
けれど最後くらいはという考えを振り切る様に頭を振る。
「それにしても……30分も早く着いちゃったよ」
落ち着かなくて早めに家を出たら、乗り換えもスムーズにいって早く到着してしまった。
駅でぼけーっと立っているのもアレなので、近くにあるコーヒーショップへ入った。
中途半端な時間にも関わらず、店内は混んでいて注文するのにも並んでいるほどだ。
とりあえずカウンター席は空きがあるし、飲み物を買ってからでも大丈夫そうなので列に並ぶ。
店員さんの頭上にあるメニューを見ていたら「っち?」と聞きなれた声に振り向くと、トレイを持った涼太がいた。
「あー!そのまま買わないでほしいッス。これ置いてくるんで!!」
私は列から外れて店の外に出ると、間を置かずに涼太が出て来た。
「早いッスね」
「涼太も」
早い分には良いッスよと言って私の手を取り歩き出した。
涼太の家まで駅から10分。
恋人繋ぎをしてるけど、会話は無かった。
その時間が別れの後押しをしてる様で胸が苦しい。
マンション入ってエレベーターに乗って最上階の部屋へ。
涼太が鍵を開けて「どうぞ」と先を促されてドアの中へ。
「おじゃましま…っ!?」
脱いだヒールを揃えようとした瞬間、涼太に抱きしめられた。
「ちょっ」
「………」
「涼太?」
「久しぶりのっちだ~」
そういいながら腕に力がこめられ、体が密着する。
その瞬間、いつも涼太が使ってるフレグランスの匂いがした。
「ここじゃ寒いッスよね。入って入って」
促されるままに広いワンルームの部屋に入る。
そして一番奥にある衝立の向こうのベッドに案内され「呼ぶまでここでテレビでも見てて」と言われたのでベッドに腰かける。
何がなんだか分からないけど、別れ話ではなさそうなので胸をなでおろす。
テレビの画面では夕方のニュース番組が流れていて、一日の出来事やお店の紹介がされている。
けれど私の神経は涼太に向かっていて、カチャkチャと音がしてるから多分夕飯の準備をしてるんだと思う。
そもそも涼太が料理なんて……。
しばらくすると涼太がアイマスクを持って戻ってきて、それを私に付ける。
手を引かれて食事をしているソファに座らされた。
「じゃーん!」
アイマスクが外れて視界に飛び込んできたのはテーブルいっぱいの料理とワイン。
まるでお店で食べるコース料理さながらだった。
「すごーい!」
「でしょでしょ?って言ってもテイクアウトで温めただけッスけど。食べて食べて」
「いただきまーす」
ワインを飲みながら、料理に舌鼓を打つ。
その間にしている会話は今まであった互いの出来事。
そしてあらかた料理を食べ終わると涼太がキッチンへ行って戻って来たかと思うと「大事な話があるッス」と真剣な顔で私の隣に座った。
ちょっと長くなるんだけどと前置きをし、ゆっくりと語りだした。
会えなくなるちょっと前に社長に大事な話をして了解を貰ったんスよ。
その矢先にパパラッチって言うんスか?
オレのプライベート写真がキャッチされたんスよ。
勿論相手はっちなんスけど。
でもっちは一般人だし、そういうモンに付き合わせるのはオレが嫌だったんス。
その写真を止める代わりにある条件が出て。
それをこなすのに時間がかかってデートしてる暇も無くなったんスけどね。
本末転倒って言ったらそれまでなんスけど。
それでまあ、今日になったワケだけど……。
っちが来るまで待ちきれなくて1秒でも早く会いたいから駅に行ったらっちいるし、しかも見た事の無い可愛らしい格好してるしでもうどうしようもなくて。
いや、それは、まあ、置いといて。
「で、ここからが本番」
そして私の左手を取り、反対の手でポケットから指輪を取り出した。
「さん。オレと結婚してくれませんか?じゃない、してください!」
「え?」
「ほんとはクリスマスにプロポーズしたかったんスけど、写真が雑誌に出てからは絶対に嫌だったんで………。この指輪、嵌めても良いッスか?」
「………」
「え?ダメっすか!?」
「ちがっ……」
「嵌めて良い?じゃないとその涙もぬぐえない」
私は目を閉じて頬に伝わる涙を感じながらもうなずいた。
そして左の薬指にダイヤモンドが付いた指輪が嵌められ、涼太に抱きしめられた。
「ぜ~~~~ったい幸せにするッス!青峰っちと黒子っちにかけて誓うっす!!!!」
「ははっ……神様じゃなくて、その2人なんだ?」
「神様なんて見えないものよりリアリティあるっしょ?」
「ふふ……そうだね」
「あ~~~もう、大好きッス!!!!」
「きゃぁっ!」
抱きしめられたままソファに押し倒される。
衝撃から閉じた瞼をゆっくり開けると、真顔の涼太の顔があった。
「愛してる」
「私も」
近付いてくる涼太の唇を感じる為に、目を閉じた。
そして後日、黄瀬涼太の熱愛発覚と結婚の記事が雑誌に取り上げられました。
2020/11/27