御幸一也END


車の中で真っすぐに向けられた見た事も無い目が怖かった。

「ごめん…」

御幸は私の腕を離して再びハンドルを握った。

滑らかに滑り出した車は、繁華街へと入っていく。

どこかのお店に行くのかと思えば、見慣れないマンションの地下駐車場へと入っていった。

車を降りて彼に続いてエレベーターに乗り込むと最上階のボタンが押され、ゆっくりと浮上していく。

エレベーターを降りて角部屋の前で一也が止まってポケットから鍵を取り出した。

「俺の家だから安心してよ」

玄関ドアが開けられ、中へと案内される。

そこはファミリータイプの部屋だった。

リビングには厚手の絨毯が敷かれ、大きなクッションとテーブルがあるだけだった。

とりあえず腰を下ろす。

テレビとDVDデッキくらいしかないリビングは広々としていた。

「何にもないだろ?」

「物に固執しないもんね。でも広くて良いんじゃないかな」

「そっか。はい、コーヒーしかないけど」

そして御幸は私の右手に位置する場所に腰を下ろした。

私はそのコーヒーを受け取り口を付け、静かにカップを下ろした。

「あの人……来たよ」

「聞いた。もう関係ねえけど」

「え?」

と再会してすぐに話てあったし。そもそも別れた覚えもねえし」

「……」

「あの時、本当に後悔した。に格好いい自分しか見せてこなかった自分にさ」

「そうなの?」

「そりゃあ、な。惚れた女に弱いところなんて見せたくねえし。そうせなら格好いい俺を見てて欲しいじゃん?」

「一也でもそんな事思うの?」

「思うよ。にだけだけど。あのCMの話が来た時にと会うのも分かってた。だからきちんとしてからって思ってたけど上手く行かなくてさ。ついでにあの黒尾って人といる時のの顔は見た事ない顔してるし。めっちゃ焦った」

「一也…」

「あの黒尾って人と付き合ってた?」

「付き合って無いよ。私の中では同じ年だけどお兄ちゃんみたいな存在だし」

「でも何かあったよな?」

「え-っと……うん、好きだって言われた」

「言われるまで気付かなかったの?」

「あー……うん。知り合いにもニブイみたいな事は言われる」

「だろうな」

呆れた顔をして頬杖つかれても……。

しっかりしてるのに時々見せる子供の様な顔、こういうところは変わってないな。

ぼーっと一也の顔を見てたら、手が伸びてきて頬に添えられる。

その温かさで、心の中の何かが満たされる気がした。

温かさを確かめる様に彼の手に自分の手を重ね、目を閉じると頬を涙が伝っていく。

「……ごめんな?」

小さな呟きと共に重ねられた唇。

触れ合うだけの懐かしいキス。

唇が離れていくのが分かって目を開けると、私を見てる一也の顔が。

「――――好き」

意識せずに口をついた言葉に一也の顔が一瞬だけ驚きに変わった。

けれどすぐ目を細めて笑った顔に、安堵の涙がこぼれた。

「俺も好き。好きって言葉じゃ足らないくらい好きだ。これが愛してるって事なのかな?」

「わからない」

「じゃあさ、分かるまで一緒にいてよ」

「分かったらまた別れるの?」

「別れてねえし。もしそれが分かっても、新しい何かが出てくると思わねぇ?」

「……そうかも」

「とりあえずさ、今までの分も含めて抱きしめさせてよ」

「いいよ」

絨毯に胡坐の格好で両手を広げた一也に、私は飛びついて押し倒してキスをした。



ゆっくりと目を開けると、喉仏のある首が見えた。

覚醒してきた頭が腕枕だと理解して恥ずかしい気持ちになった。

ゆっくり上下している胸元は何も着ておらず、抱き合ってそのまま寝てしまったのが伺えた。

時間の確認もしたかったし逞しい腕から抜け出そうとするけど、それは叶わなかった。

「どこ行くの」

「え?あ、時間…」

「あー……今日も仕事だっけ」

「うん」

「風呂入るよな……よっと。ちょっと待ってて」

ベッドから抜け出した一也はスウェットパンツをはいていた。

(真っ裸は私だけって、それもめちゃくちゃ恥ずかしい!)

一也がいない隙に着替えを探し、ショーツを履いてTシャツを着る。

辺りを見渡すけど、リビング同様に物が少ない。

というか、段ボールがある。

「もう少しで風呂たまるよ」

「ねえ、引っ越ししたの?」

「ん?ああ、そう。前のは先輩の税金対策マンションで格安で借りてたんだよ」

「一人にしてはここ、広くない?」

「ん?だって一人じゃねえし」

「あ……」

「だってが引っ越してくるじゃん?御幸の苗字になってさ」

「――――――は?」

ちょっと待って!

同居とか同棲とかじゃなくて、苗字が御幸?それって

「だからさ、結婚しようって事。プロポーズは指輪が出来たらするけど……あ、風呂沸いた」

「え?」

「もうお互いガキじゃねえし、寄り戻すなら結婚って思ってたしな」

寝室の出入口に寄りかかって腕を組み、ニヤニヤとしている。

かと思ったらそのまま近付いてきて、耳元で「一緒に入る?」とキスをしてきた。

「やっぁ!一人ではいる!」

ベッドから出て、部屋を出ようとすると腕を掴まれた。

「風呂の場所知らねえだろ?」と、手を繋いだままで案内される。

そして結局一緒にお風呂に入るハメになり、遅刻寸前になった。

これからもこうして、彼に翻弄されるのかもしれない。

それでも一也が好きって気持ちは、きっと変わらないと思う。





「どうも、の『恋人』の御幸一也です」

「どうもどうも、お噂は……全く聞いてないですけど『永遠に兄的かもだけど離れる事が無い存在』の黒尾鉄朗です」

練習が終わるのに合わせて迎えに来た一也と鉄朗が対面した時、ものすごい冷気が流れ込んだ気がした。



2018/10/29

アトガキ

これにて完結です!
お付き合いいただき、ありがとうございました。