黒尾鉄朗END
一也の車に乗り込む一瞬、廊下に立ち止まってこちらを見ていた鉄朗と視線が合った気がした。
「それじゃあ、送ってくれてありがとう」
「いや、俺の方こそ。んじゃ、飯行く約束、忘れんなよ?」
「楽しみにしてる。じゃあ…それまで、元気で」
「・・・・・・もな」
苦笑いの一也と私の間で遮る様に窓が上がっていく。
そしてガラス越しの一也は穏やかに笑って手を振り、その手がハンドルを握ると車が走り出した。
真っ暗な道に赤いテールランプが強く光って角を曲がってしまうと光がなくなり、私は掌で顔を覆った。
今が夜の遅い時間で助かった。
次から次へと流れる涙を見る人がいないから。
小さな嗚咽はこらえきれないけど、今なら………
「……ふぅ~」
大きく深呼吸をして、空を見上げる。
私の気持ちなんてお構いなく光り輝く星が、なんだか少しだけ羨ましかった。
泣くだけ泣いたし、もう後ろを振り返るのはやめよう。
二人の道は同じ方向を向いていなかっただけの話なんだ。
「よし!」
気合を入れて回れ右をして、寮(という名のアパート)を目指す。
街灯の少ない道をジャリジャリっと音を立てながら歩く。
「よう」
寮の敷地の門に人影があり、ゆっくり動いたのは鉄朗だった。
「何してるの?」
「何って……チャンの事を待ってたんですケド」
「風邪ひくわよ?」
「何とかと鉄朗クンは引かないって決まりがあるんだよ」
「なにそれ」
「―――――はい」
そういって鉄朗は両手を広げた。
「なに?」
「泣くなら俺の胸にしろって。一人で泣いてんなよ」
「……くさい」
「なにっ!?ちゃんとシャワー浴びたのに!!!」
「―――ばか」
鉄朗の優しさが嬉しいけど辛い。
今流れてる涙は、鉄朗の為に流す涙じゃないから。
だからその胸に飛び込めないというのに、鉄朗の強引な腕が私を抱きしめる。
「やめて」
「ダーメ」
ぎゅうっと抱きしめる腕に力が籠る。
こんな風に包み込まれる様なやさしさに、心が傾いていきそうだ。
だから腕を胸について距離を取ろうとするけど、それは叶わない。
「が弱ってるところに付け込んでる俺が悪い。だから落ちて来い」
最後に私を支えてたプライドさえ、鉄朗は取り去ってしまう。
それならつけこまれてあげる……涙で声にならない代わりに、額を胸に付けて彼の背に腕を回した。
「!」
呼ばれた方を向くと、テラス席に一也がいた。
「呼び出して悪いな」
「お待たせ。久しぶり」
「元気?」
「元気だよ。もうすぐオリンピックもあるしって、一也もじゃん」
「まあねぇ」
「ご注文は?」
「あ、アイスラテで」
注文を済ませてメニューから顔をあげると、頬杖をついた一也が私を見ていた。
「……何?」
「幸せそうだなって」
「そう?かな」
「うん。再会してから、あんま笑った顔見なかったしな。そうしたのは自分なんだけど」
「んー…でもけじめにはなったよ」
「それは俺もだけどな」
「お待たせしました。アイスラテでございます」
と聞きなれた声がして顔をあげると、鉄朗がトレイを持ってグラスをテーブルへ置いた。
その横で店員さんが口元に手を当ててクスクスと笑っている。
「びっくりした……」
「あ、お姉さんのおかげで成功したよ、ありがとう。俺はホットで」
と店員さんがクスクスと笑って会釈をした。
「楽しそうじゃん」
「これから五輪だねって話」
「選手村でも会いそうだしな~」
「バレーと日程被るしな」
「部屋の間取りの……」
あの別れの日から二年、一也から結婚するという報告があった。
それから連絡を取り合ううちに、いつしか鉄朗と一也は意気投合。
二人共腹黒いから共通点があるのかな。
それから一也の奥さんとも交流がある。
私と鉄朗はというと、一応恋人関係にはある。
「で?達の結婚式は呼んでくれんの?」
「え?呼んで欲しいの?」
付き合いだしたは良いけど、すぐにワールドカップがあり、五輪がありで忙しい日々を送っていた。
けれどこの五輪を最後に、私は引退しようと思っている。
「ママさんバレーにすりゃいいのに」
確かに子供を産んでからも活躍する選手はいる。
けれど私は子供が出来るなら旦那と子供へ尽くしたい。
「幸せになれよ」
最後の最後に一也がいった言葉。
「おーい、ー置いてくぞー」
先を歩いていた鉄朗が振り返って手を差し出してきた。
だから私はその手を取って隣に並ぶ。
これから先も、こうして鉄朗と歩いていく。
2018/10/29
アトガキ
これにて完結です。
お付き合いくださり、ありがとうございました!