呪術廻戦
たとえそれが交わることはなくとも
「う、うそ……そんなっ……いやーーーーーっ!!!?」
閉じられた瞳から溢れ出す涙と、うっすらピンク色した唇から絞り出すような叫び声。
そんな彼女を片腕で無理矢理抱きしめ反対の手で印を結んで術式を発動させると、目の前の呪霊が消えていく。
それと同時に腕の中の彼女が意識を失って腕にかかる重さが増した。
そんな彼女を抱え上げ、僕は歩き出した。
真っ白い建物の中に足を踏み入れると独特の消毒液のにおいが充満している。
僕は1つ大きく息を吐き出して個室を目指す。
大きなスライドドアをノックするけど返事はなく「失礼しま~す」と声を掛けながら開ける。
真っ青な空がキャンパスに描かれたかの様な窓辺に佇む彼女がいて、髪が風になびいているのは映画のワンシーンを切り取ったかの様だった。
「五条さん」
「やっほ~。今日は北海道土産の某バターサンドだよん♪」
おちゃらけた口調で言えば彼女はクスクスと笑ってベッドに乗り上げた。
僕は横にある椅子に腰かけ、手にした土産を彼女に差し出す。
「ありがとうございます。これ、好きなんですよ」
「そうなの?美味しいよね~ウマウマだよね~」
彼女がそれを開封し、1つ包装を剥いで口にする。
僕はそれを見ながら北海道での仕事以外の出来事を話す。
「………でねでね、」
「五条さん」
僕の話を遮る様に彼女が少し困ったような顔をしながら口を開いた。
「もう大丈夫ですよ。明日には退院しますから」
「退院、決まったんだ」
「はい。元々具合が悪かった訳じゃないですから」
「そうだけど」
「心配してくださって、ありがとうございます」
そう微笑む彼女と僕の間に、壁のようなものがある気がした。
そもそも彼女、とは仕事で知り合った、というか一方的だけど。
と恋人のは結婚間近だった。
けれどは仕事が上手く行かず、1つのミスが2つのミスを生み、どんどん悪い方へと感情が変わっていき終いには呪霊へと変わってしまった。
その恋人を祓ったのが僕、という訳だ。
正直言うと、そんな経験は山ほどしているんだけど、どうしてもの事は気になって仕方なかった。
だから暇さえあれば病室を訪れていたんだけど……それも今日でお終い。
彼女は前の生活に戻り、僕の生活からがいなくなる、ただそれだけの事。
「今度会いに行って良い?」
「五条さん、そんな暇ないんですよね?家入さんが言ってました。こんなとこ(病院)で油を売ってる暇もないほどの人だって」
「あーうん、まあ、そうなんだけど。それでも会いたいって思ったらダメ?」
「そういう言い方ずるくないですか?」
「分かってて言ってる」
「同情しなくていいんですよ?がああなったのは自業自得なので」
「同情だけで会いに行くほど暇人じゃないよ」
「……先に連絡してください」
「りょうかーい」
そしてと連絡先の交換をする。
この先どうなるかは、さすがの僕でも分からなかった。
2022.07.13