ハイキュー!!
息も止まるくらいに
「ごめん」
謝罪と共に抱きしめられた。
何事かと思えば片手で腰を抱かれたまま、頭を固定されキスされた。
夢にまで見たファーストキス。
それは美しいものではなく、生々しい情欲のキス。
唯一の救いなのは、彼が私の片想いの相手と言う事。
ならば頬を伝う涙は何なのだろう。
高校三年の11月ともなれば、明暗がくっきりしている教室。
進路が決まった者、決まらない者。
私自身は後者であり、毎日のように塾に通う日々。
それは日常であり、特化した何かがあるワケでも無い。
及川にキスをされて以来、彼の顔を見ていない事以外は。
彼とは同じクラスだが、席も遠いし接点は無い。
何か用事でも無い限り話しかける事も無ければ、顔を合わす事も無い。
だから自分では意識して見ない様にしていても周りが疑う事も無い。
無い無い尽くしだからこそ、何故あの時キスされたのか分からない。
周りの噂から耳にした話だと、どうやら大会で負けたとか。
その腹いせにキスされたのだとしたら迷惑極まりない。
彼はどうか知らないが、私にはファーストキスだったのだから。
本来であれば理由を聞いて謝罪して貰いたいところだけど、
彼の人気を考えれば現状維持が妥当だ。
あれは事故であって、私の『初めて』では無い。
そう思う事が一番なのだ。
だが、時とは常に残酷なもの。
最後の席替えが行われ、私は窓際の後ろから2番目という席をゲット。
何が 不幸かと言えば、後ろが及川になったという事だ。
「さん、よろしくね♪」
誰にでも向ける笑顔で言われた事に腹が立った様な複雑な心境。
とりあえず「よろしく」と普通に返した。
休み時間になれば彼の所に男子も女子も集まる。
私は授業が終わると一目散に席を離れる。
これで彼と話す事も無い。
そんな日が何日か過ぎた。
授業を聞いていたら左側から「カサッ」と音がして、折りたたまれたメモが。
前の人が動いて無い以上、これは及川からのメモ。
私は溜息をつき、紙を広げた。
そこには案外と綺麗な字で『話がしたいんだけど、都合の良い日時か連絡先教えて』とあった。
文面に目を通し、それなりにあ のキスは彼の中で引っかかっていたのかと思えた。
けれど私の中で『事故』と言う認識になっている以上、話す事は何も無かった。
『気にしてないから話す事も無い』それだけ書いて後ろ手に彼の机にメモを戻した。
紙を開く音がして、彼の溜息が聞こえる。
そして次の休み時間も私は席を離れた。
翌日の事だった。
岩泉からメッセージが届いて『秘密裏に頼みたい事があるから昼休み部室に来てくれ』と。
昨日の今日なのだから及川の事だと言うのは分かった。
けれど岩泉を巻き込んだという罪悪感が生まれ、私はとりあえず従った。
部室のドアをノックして、ノブを回して「岩泉~?」と言いながら足を踏み入れる。
そこにはベンチに座る岩泉と、その隣に立つ及川がいた。
「悪いな、」
「どういう事?」
「まあ、それは及川に聞いてくれ。というか、聞いてやってくれ」
「話す事も無い」
「まあ、そう言わずに。俺の為にもなる話なんだよ」
「・・・・・・」
「じゃあ 、先に行ってるな」
颯爽ととはいかないが、苦笑いしながら岩泉が出て行く。
ドアの所に立っていた私の所に、及川が近付いてきた。
「ちゃん」
溜息を尽きながら「なに?」と彼を見れば、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「あの時は本当にごめん」
「もういいから。話はそれだけでしょ?・・・・・・っ!」
「そんな簡単な事じゃない!」
背を向けて部屋を出ようとしたら腕を掴まれて、ドアに背をぶつけた。
腕を張り付けの様な状態にされたあげく、目の前には及川。
彼のファンならこの『壁ドン』状態に歓喜するんだろうな。
「ちょっと!」と、もがこうとしたら、彼の体が密着する。
こんな(私からすれば)大男にプレスされたら身動きも出来ない。
「あの日、試合に負けたんだ」
「・・・・・・」
「悔しくて・・・・・・悔しくてどうしようも無かった」
「・・・・・・」
「一人になりたくて教室にいったらちゃんがいた」
「・・・・・・」
「俺はちゃんの事が好きだったし、格好悪いとこ見られちゃったしでパニックでさ」
「・・・・・・」
「ちゃん抱きしめたらなんか独占欲沸いちゃって」
「・・・・・・」
「ちゃんだけは、俺のモノにしたくなった」
「・・・・・・・・・のに」
「え?」
私は額を及川の肩にくっつける。
「・・・・・・及川の事、好きだったのに」
「えぇー?あれ?過去形!?」
「勝手にキスなんかするし」
「いや、だって・・・」
「ファーストキスだったのに」
「うそっ!」
「嘘言ってどうすんのよ」
「待って!俺絶対顔がニヤけてるから!!」
私の腕が解放され、及川が顔を隠す。
その隙に私はドアノブを掴む。
すると背後から「待って!!!」と腕ごと抱きしめられた。
「いっちゃヤダ!」
「ヤダって・・・」
「それじゃあ、付き合ってください」
「あ、それは無理」
「えぇーーーーー!!!!!」
「だ って私受 験あるもん」
「じゃあ合格したら!!!!」
「ん~まあ、それなら」
「やったー!」
「それじゃあ、また」
「いやいやいや、ちょっと待って!」
「何?」
「我慢するから、最後にチューさせてよ」
「・・・・・・手加減して」
「りょうかーい」
体を反転させられ、優しく抱き寄せられる。
そっと目を閉じれば顎に及川の指が掛かり、クイっと上を向かされる。
前の時とは違う、重ね合わせるだけの優しい口づけ。
(こういうところが及川だよな・・・なんか悔しい)
名残惜しげに離れて行く。
「・・・・・・もうちょっと・・・ダメ?」
私は及川のネクタイをクイっと引っ張り、顔を寄せる。
「合格したら息も止まるようなキスして」
「今じゃダメ?」
「ダメ」
額をくっつけて、笑い合う。
そっと重ねた唇は許して貰おう。
2016/9/14