ハイキュー!!

岩泉一

あれは慰めのキスだったの

そっと重なる唇の感覚を、今でも忘れられないでいる。


大学4年と言うのは全く持って忙しい。

部活やって勉強して遊んでバイトして。

社会人になる前の好き勝手出来る最後のチャンスだ。

その最たるものが同窓会かもしれない。

「あ、岩泉!」

会場である居酒屋に足を踏み入れると、トイレから戻るところだった同級生が俺の名前を呼んだ。

デケエ声で名前呼んでんじゃねえよと言いたい所だけど居酒屋は声や音で溢れかえっていて誰も気にしない。

名前を呼んだヤツに手を挙げて応えると、そいつが足を止めて待っててくれて一緒に奥座敷に向かう。

幾つも部屋を連ねた座敷で、既に宴会は始まっていた。

呼ばれた空いてる席に座り、テーブルになったグラスにビールが注がれる。

「「「かんぱーい」」」とグラスを合わせてそれを煽る。

少し温くなったビールが乾いたのどを潤わせていく。

近くに座ってる奴等を話をしながら視線を動かす。

(化粧した女ってほんとわっかんねえ!)

と、その瞬間に振り向いたオンナと視線が合った。

「―――っ!」

いた!絶対にだ。

高校の時に比べると化粧もしてるし・・・・・・なんか、エロい。

視線はすぐに移動してしまったが、彼女と話す機会が欲しいと思った。

そのまま同窓会は進み、二次会に移動する。

ところが二次会は仲間内でバラバラになり、俺のいた方にはいなかった。

話す機会を失った俺は、勧められるままに酒を飲んで行く。

「ちょっと岩ちゃん飲み過ぎ!」

「もう家に帰るだけなんだから良いんだよ。お前の家、そっちだろ。じゃあな」

「明日の練習忘れないでよ!おやすみ」

ぎゃあぎゃあ騒ぐ及川と別れて家に行こうとして足を止める。

あの公園に行ってみよう。

薄暗い街灯の中を歩いて近くの公園に移動する。

あの烏野との試合の後に寄った公園だ。

公園に着くとあの頃とは遊具が変わっていたけどベンチの位置は変わっていない。

俺はそこに腰を下ろした。

両脇に手を付いて星を見上げる。

この4年間で俺は成長したんだろうか。

バレーは確実に上手くなった、と、思う。

インカレを制する事は出来なかったが、実業団チームに入る事が決まっている。

彼女は・・・・・・今はいない。

バレー優先の俺が嫌になるらしい。

「また落ち込んでるの?」

思考を遮る様に声が聞こえて目を開く。

するとそこには話したくて話せなかったがいた。

「おまっ・・・」

「こんな所で寝てたら風邪ひくよ?」

「いや、寝てねえし」

「そっか。じゃあ」

俺を心配してくれたのは分かるけど話が出来ていない。

だから離れていこうとする腕を掴んだ。

「あの時、何でキスしたんだ?」

烏野との試合の後、及川と別れてこの公園に来た。

流しきれない悔しさが、涙になって流れて行った。

そこに現れたのがだった。

「岩泉」

名前を呼ばれて顔を上げると、影が出来て唇に柔らかい物が掠めた。

呆気にとられる自分をよそに、は微笑んでいた。

「泣くだけ泣けば良いよ」

それだけ言って公園を出て行った。

勿論、そのキスのせいで涙はピタリと止まったけど。

それから話す機会も無いまま卒業して今日にいたる。

だから聞きたかった。

「何でキスしたんだ?」

「泣いてたから」

「それだけか?」

「あ、ファーストキスだったらごめん!」

「そこじゃねぇし!」

「なんだ、違うのか」

「誤魔化すな」

「―――好き」

「え?」

「って言えばいいの?そうすれば岩泉は満足?」

「そうじゃねえよ。お礼が言いたかった」

「お礼?」

「ファーストキスの」

「うそっ!」

「嘘。まあ、あれのお蔭で助かった。ありがとうな」

「お礼言われる事じゃ・・・」

「まあ、確かにな。キスは奪われるし」

「あーごめん」

「あのキスが忘れらんねえんだわ。責任、取ってくんない?」

「え?」

「俺からキス、させてくれよ」

居酒屋で思ってた。

女がつけるテカテカしてるグロス?他の女もしてるのに、の唇が一番エロく見えた。

だから彼女の腰を抱き寄せて顔を近付ける。

「ちょっ!いわいず・・・んっ・・・・」

の唇はあの頃と同じで柔らかかった。

そのまま角度を変えて舌を絡ませていく。

ひとしきり堪能して解放すれば、潤んだ瞳になったがいて理性が飛びそうになる。

「ちょっ」

「あのキスからが好きだ」

「・・・・・私はキスの前から好きだった」

「過去形かよ」

「ずるいよ」

「知ってる」

それ以上文句を言われないように、その唇を塞いだ。



2018/04/05