DYNAMIC CHORD

城坂依都

夢と体温の冷める夜明け

『仕事押してて戻れない』

恋人からのメッセージ。

こんな内容でも胸を痛めなくなったのはいつからだろう。

そして彼は私の話しの内容を覚えていない。

3年の付き合いと言うのは、新鮮味を失い、何かを失っているのかもしれない。

一般人と芸能人、時間だけでなく、価値観等も違い過ぎるのかもしれない。

『浮気してるかも』と言う疑いの気持ちで悲しく無くなったのはいつだろう。

なんとなく疲れた。

肉体では無くて、心が。

彼のメッセージに『既読』の文字を付け、スマホをポーチにしまった。



最近、朝起きるのが辛い。

本当ならこのまま眠っていたいと思う事が度々ある。

少し前まで隣にあった温もりが無いせいだと思いたくはない。

彼、城坂依都と出会ったのは仕事関係だった。

女癖が悪い・・・というより、誰にでも優しくて甘い人。

仕事が終わってから彼に口説かれた。

最初は断り続けていたけれど、彼は引いてくれなかった。

彼の優しさに触れる度に好きになり、交際に発展していった。

人気バンドの彼と付き合う事は容易ではないが、楽しい時間だったと思う。

そこから同棲の話になり、私の部屋はそのままに彼の部屋に住む事になった。

穏やかな時間は長く続かない。

1年くらい前からだろうか。

彼が戻らない日が増え、擦れ違いが増えた。

なので話し合いをしてお互いの時間が合った時は一緒に過ごすと。

それまで私は前の家に戻ると言う事になった。

最後に会ったのはいつだっただろうか。

数えるのも嫌になって止めてしまった。

「朝からネガティブだ・・・」

彼との事を考えると後ろ向きになってしまう。

ベッドから体を起こした。



朝食と支度を済ませて空港に向かう。

現地で同僚と合流すると、メッセージが届いた。

確認すると『仕事終わったら会いたい』とあった。

思い出した事に連絡が来るのか。

彼からのメッセージが憂鬱で仕方ない。

自然消滅を狙ったのが悪かったのか。

『今から海外に行きます。今までありがとう。さようなら』

何とも機械的で気持ちがこもっていないが、仕方ない。

彼が読むより前にスマホの電源を落とした。

「それじゃあ、行きましょう」

同僚に声を掛け、ゲートをくぐった。



仕事を終えて帰国した。

「今課長に連絡したら直帰して良いって言われました」

「それじゃあ、このまま帰っちゃおう」

「かなりハードでしたからね~」

同僚と一緒にスーツケースをゴロゴロさせながら駅に向かう。

「あ・・・」

「どうし・・・え?」

彼女が立ち止って驚嘆の声を上げた。

それに釣られて私も立ち止り、彼女の視線を追って驚いた。

そこにはサングラスをして仁王立ちしている彼がいたから。

色の付いたレンズからの視線に加え、怒気を含んだ「どういうつもり?」と言う声。

「え?え??」

隣で同僚が私と彼を交互に見ているのが分かる。

かと言って私は何も言えずにいると、苛立った彼が私の腕を掴んだ。

「このまま帰っても平気?」

「あ、はい。大丈夫です!」

「そ。じゃあ、彼女連れて行くね。キミもお疲れ様」

「あ、お、お疲れ様です!」

呆気に取られている彼女をそのままに、私を掴む腕と逆の腕がキャスターを奪う。

そして腕を引かれて駐車場に向かう。

そして見慣れた車の前で止まった。

「やあ、久しぶり」

運転席から降りて来たのはKYOHSOメンバーの時明さん。

そして私の方に回り込んで「乗って?」とドアを開けてくれた。

そっと依都を見ると荷物をトランクに入れて、反対側から後部座席に乗っていた。

そんな彼を時明さんは苦笑いをして私を後部座席へと促す。

座席に座るとドアが閉められ、時明さんは運転席に座って静かに車を走らせた。

「出張だったの?」

運転をしながら私の方に視線を送りながら話しかけてくる。

「はい。ハワイに」

「へぇ。良い所だよね」

それからハワイの話になるが、依都は窓に腕をついて外を見たまま話さない。

しばらくして依都のマンションに着いた。

「サンキュー時明」

「かまわないよ。それじゃあ、またね」

時明さんは再び車を走らせて行った。

依都は私の手を取り、部屋へと向かう。

オートロックを解除してエレベーターに乗り込む。

静かな箱の中であれこれと考える。

私は別れの言葉を告げたはずなのに、何故彼が空港にいたのだろうか?

これから何を話す事になるのか。

考えが纏まらないうちにエレベーターが止まる。

再び彼に手を引かれて部屋の前に。

ドアが開けられ部屋に押し込まれる。

荷物を中に入れるとドアが閉まって鍵がかけられる。

腕を引かれてベッドに押し倒された。

「ちょっ・・・」

「何が不満なの?」

押し倒された体に覆いかぶさる依都。

その目にいつもの甘さは全く無かった。

「仕事仕事で飽きた?それともオレに飽きた?有り得ないけど他にオトコが出来たとか?」

「・・・・・・」

「言って。じゃなきゃわからない」

「・・・・・・」

「まさかとは思うけど・・・・・・浮気を疑われてる?」

「・・・・・・疲れたの」

「疲れた?」

「・・・・・・」

「言えよ」

依都の手が私の頬を包み込み、親指が頬を撫でる。

私は一度目を瞑って決意を固める。

「擦れ違いの生活も、浮気の心配も・・・なんか、もう疲れた」

その瞬間、私の目から一気に涙があふれ出す。

(ああ・・・・・泣くつもりなんてなかったのに)

依都は流れる涙を拭ってくれる。

その手は温かくて優しい物だった。

泣き止む寸前に彼が私から離れた。

体を起こすとティッシュの箱が差し出される。

「鼻かむよ」

「いいよ。てか、今更だよね」

確かに。

少し前までは一緒に住んでたし。

鼻をかみ終わるとゴミ箱が差し出される。

その中にティッシュを捨てる。

「スッキリした?」

微笑まれながら言われても・・・スッキリしたけど。

とりあえず頭を縦に振る。

すると再びベッドに押し倒された。

「ちょっ!?」

「後でちゃんとプロポーズするからさ、今は抱かせて」

「は?え?」

「今はの温もりを感じたい」

重ね合わされた唇は優しくて温かいけど、性急なものだった。


「いや~~~あの時の依都の慌てっぷりったらなかったよ」

「おかげで俺達までとばっちり食った」

「そうか?人間らしい依都だったぞ?」

KYOHSOメンバーが口々にあの時の事を話し出した。

「良いから飲むぞ!ほら、カンパーイ!」

結婚式の二次会は、メンバー等の内輪だけで行われている。

勿論、私と依都のだ。

二人が擦れ違ってしまっていた時、彼は結婚の為に動いていたんだとか。

「依都が社長に直談判してね。条件を出したんだよ。

そのクリアの為に色々あってね。クリアして婚約指輪を頼んですぐだったかな?

依都が荒れてね。何があったかを聞いたら君から別れ話が出たって。

そこからキミの事を探してなんだして空港にいたってワケ」

結婚式の準備の時、打ち合わせをしてた時明さんが教えてくれた。

依都からは結婚なんて単語が感じられる事はなかったのに。

「あんたと付き合ってから依都は変わった。まともな人間に1mくらい近付いた」

そう話してくれたのは優さん。

「お前の話をしている依都は幸せそうだぞ」

これは篠宗さん。

空港で再会した翌日、都内のホテルの最上階に私達はいた。

夜景を一緒に見ていると、依都が背後から抱きしめてくる。

「今の仕事辞めて城坂になって。

そんでライブも、撮影もレコーディングも全部一緒に来て欲しい。

1分1秒だって離れたく無いんだ」

そして左指に嵌められたダイヤの指輪に「はい」と返事をした。

「なーにニヤニヤしてんの?」

グラスを持った依都が隣に座る。

「世界で一番素敵な旦那さんからのプロポーズを思い出してたの」

「へぇ・・・だからは世界で一番素敵な花嫁なのか」

「そうよ?知らなかったの?」

「知らなかったよ」

「だから旦那さんをもっと幸せにしてあげなくちゃ」

「そいつは幸せモンだね」

「だから、ありがとう依都。あなたのお蔭で私は幸せ」

「オレはがいれば幸せ」

二人で笑い合ってキスをする。

すると周りに見られていたらしく、はやし立てられる。

そして依都が私を抱き上げ、もう一度キスをした。



2017/2/16