DYNAMIC CHORD

黒谷優

指と指を隙間なく絡めて

「・・・・ぶ?・・・大丈夫ですか?」

閉じたままでいたいのに声を掛けられ瞼を開ける。

視界に入って来たのは見慣れない女だった。

「辛いなら救急車呼びましょうか?」

「・・・・・・いらない」

新曲が発売されてオリコンで初登場1位を獲得。

それが10枚続いた記念にとパーティーが行われた。

(セーブして飲んだはずなのに・・・)

「立てる?」

女が手を差し出してきたけど、俺はそれを無視する。

「ほっといてくれ」

「なら立って移動して?」

そう言って俺の前にしゃがみこんだ。

「何してる」

「君が移動するのを待ってる」

「ほっとけって言ったろ」

「言われた。けど放っておけないから」

「・・・・・・」

なんなんだ、この女は。

俺が誰だか分かってやってるのか?

酒の入った頭では働かない思考を巡らせる。

「・・・・・・。手、貸して」

「分かった」

女は立ち上がって手を差し伸べて来たので、それを掴む。

力を入れると同時 に引き上げられた。

けれど足がフラっとしてしまう。

「タクシーで良いなら拾うけど」

「いや・・・いい・・・・・・」

駄目だ・・・きっと寝てしまう。

台数が少ない今、捉まるまで起きていられるかもわからない。

すると女が俺の腕を持ち上げ、自分の肩にまわさせる。

「なっ・・・」

「そこまでは頑張って歩いて」

女の指差す先にあるのはラブホテル。

見ず知らずの女と入るにはリスクが高い。

けれど自分の状態からすればベストな選択だろう。

何とか意識を保ち、建物まで歩いた。


温かい。

この温かさは忘れかけた懐かしい温もりに似ている。

瞼を開けると、長い髪が映りこんだ。

「・・・・・・っ」

「・・・・・・ん」

俺が動いた事で彼女へ振動が伝わったらしい。

背後から抱きしめていたのだから、それなりに体が密着している。

俺が動いた事で出来た隙間、彼女が俺を見る事で再び埋まる。

「・・・・・・大、丈夫?」

彼女の手が伸びてきて、俺の頬に振れた。

「・・・・・・・・ごめん」

彼女の手を掴んでベッドに押さえつける。

重ね合わせた唇から彼女の吐息が漏れる。

今の自分には、それすらも興奮剤にしかならない。

セーターの裾から手を差し入れ、彼女の熱をダイレクトに感じる。

首筋に顔を埋め、そこに唇を這わせる。

「あっ・・・」

ああ、そうか。

優しい香りなのは彼女がフレグランスを纏っていないからだ。

俺が相手をしている女達は強い香りを衣服を着るのと同じように纏う。

例えるなら彼女は一般的に『母親』と言われるような人だ。

(まずい・・・抑えがきかない)

自分の欲望を満たすために、気絶するまで彼女を抱いた。


次に目が覚めると、ベッドに彼女はいなかった。

部屋を見渡せば自分の物では無い物があるから彼女はまだいる。

ベッドから立ち上がりバスルームに向かう。

ドアを開ければ脱衣所を浴室を遮るものはガラスで、彼女がお湯に浸かっていた。

こちらに背を向け、大きな円状の湯船の淵に腕を乗せている。

ドアを開けると音で気付いた彼女が振り返るが、また向こうを向いてしまう。

そしてジャグジーで見えないのに体を縮めていた。

俺が何も着てないからだろうけど、夕べ散々見ただろうに。

「びっくりした・・・」

「オヤジみたいな入り方だな」

「このお風呂大きくてつい」

「・・・・・・今更だけど、あんた名前は?」

「・・・・・・今更だけど聞いてどうするの?」

「別に・・・」

言われてみれば確かにそうだ。

SEXの間でさえ、名前を呼ばなかったのだから。

そして何も話さないまま「先に出るね」と彼女は風呂場を出て行った。

けれどガラス張りだから脱衣所での彼女は丸見えだ。

こちらに背を向けて体を拭いて行き、バスローブを羽織って出て行く。

俺も体を流してバスローブを羽織り、ドライヤー片手にドアを開ける。

部屋に戻ると既に洋服を着ていて、髪を拭いているところだった。

プラグをソファの傍のコンセントに差し「ねえ」と彼女を呼ぶ。

こちらを向いた彼女に「座って」言ってこちらにこさせた。

電源をオンにし、彼女の髪を乾かしていく。

フワフワした長い髪。

今は自分と同じ香りが彼女からしている。

「今度は私」

彼女の髪が乾いた頃、場所を入れ替える。

細い指が俺の髪を梳いて行く。

「はい、終わり」

髪が乾いて彼女がドライヤーを戻しに行く。

戻って来た彼女が「そろそろ出ようか」と言った。

その言葉は俺を拒絶している様に感じられた。

「あ、私が先に出ようか?」

「一緒に出る」

荷物を持って部屋を出る。

お金を払うと言った彼女を制し、清算を済ませる。

何となく無言のまま駅まで向かう。

もう始発電車は走っているだろう。

「それじゃあ」

そう言って俺に背を向けようとする彼女の腕を掴む。

振り向いた彼女に俺は言った。

「ねえ。連絡先教えて」

「え?」

「・・・・・・」

俺の言葉に驚く彼女。

けれどすぐに柔らかい微笑みに変わった。

「バイバイ、YUU」

驚いて力が抜けた手から彼女が去って行く。

そして手を振りながら改札を入って行った。

普段電車で行動しない自分は、後を追う事が出来ない。

やはり彼女は自分を知っていた。

彼女を掴んでいた手を握りしめ、しばらくその場から動けなかった。


あれから数か月。

彼女と別れた駅にいた。

何度も何度もこの場所に立って彼女を探した。

そしてついに見つけた。

何人かの女性と歩いている彼女。

俺は近付いてその腕を掴んだ。

「やっと見つけた」

「え?」

グラサンとマスクを外し、連れの女性に「彼女借りて行くんで」と告げ腕を引っ張る。

すぐにタクシーを拾い、自分の家に向かう。

玄関を開けて「入って」と言うと、彼女はビクビクしながら「お邪魔します」と言った。

彼女をソファに促し、冷蔵庫からミネラルウオーターを2本取り出す。

リビングに戻れば、座ったまま部屋をキョロキョロと見ている彼女。

居心地 が悪そうなのがまた面白い。

「はい」

「あ、ありがとう」

受け取ったボトルを開封し、すぐさま口を付ける。

そして1つ溜息をついて俺を見た。

「ここはYUU・・・さんの自宅?」

「呼び捨てで良い。そう」

「ふくろう・・・飼ってるの?」

「そうだよ」

当たり障りの無い質問。多分核心に迫れないのだろう。

もう少し虐めたかったが、仕方がない。

彼女の隣に移動して、彼女を抱きしめた。

腕の中の彼女は一瞬体が強張ったけど、恐る恐る俺の背に腕が回った。

「あんたの体温が無いと眠れない」

「え?」

抱きしめた体はあの時と同じ匂いで温かい。

体を少し話して顔が見える距離を取る。

「責任、取って」

「え?」

「嫌なの?」

「い、いやって・・・」

「・・・・・・」

「付き合って」

「!!!?」

「それと名前」

「え?あ、・・・」

「フルネーム」

・・・

の事が好きになったから付き合って」

「YUU・・・」

「返事」

「はい」

「ん・・・」

顔を傾けて彼女の唇にキスをする。

彼女と別れてから客を抱いたりもしたけれど、昔の様に満足出来ないでいた。

ソファにを押し倒すと、まるで返事の様に彼女の腹が鳴った。

「ご、ごめっ・・・」

「ぷ・・・・はははは」

「・・・・・・」

「腹減ってんの?」

「う・・・夕飯食べに行くとこだったし」

「わかった」

キスをして彼女を抱き起す。

そして夕飯を食べに行く事にした。

鍵を閉めてエレベーターに向かう。

そして彼女の手を掴み、指を絡めた。

「平気なの?」

「なにが?」

「ファンの子とかに見られたら」

「隠しておくつもりないし」

「それ、まずいんじゃ」

「別れる気無いから良いんじゃない?」

まだ何か言いたそうにしている彼女を、手をぎゅっと握って黙らせる。

彼女がいるだけで、こんなに穏やかだ。

(大事にしないと・・・な)

あふれ出すこの感情が零れ落ちない様に、彼女にそのまま伝わる様に、

繋いだ手に力を入れ指と指を隙間なく絡めた。


2017/2/22