DYNAMIC CHORD

城坂依都

濡れた声が続きを誘う

新曲のPV撮影が終わって体は疲れきっているのに、高揚した気持ちがおさまらない。

かと言って女を誘うにも新しいマネージャーがネチネチと言ってくるから自重している。

ならば最終手段として残されているのは酒しかない。

重たい体になんとか命令を出し『PHANTOM』へ向かう。

レトロなドアを開けると香ってくるアルコールと煙草。

テーブル席には何組もの客が腰を据えていた。

カウンターにも女が座っている。

彼女から1席置いて腰を下ろす。

「スコッチ、ダブルで」

マスターに注文してグラスを受け取る。

グラスを傾けた時に氷が紡ぎ出す音が好きだ。

マスターと喋りながらチビチビとグラスを傾け、2杯目の注文をする。

その間、隣の女はオレの方を見向きもしない。

見向きもしないどころか、前とグラスしか見ていない。

スラッと綺麗な指がグラスの淵を1周する。

空になったグラスの代わりに新しい酒が運ばれてくる。

それを持つ手が妙にエロティックに見えた。

「隣・・・いい?」

オレは自分のグラスを持って席をずれる。

声を掛けたにも関わらず女は見向きもしないで「どうぞ」と言った。

「ここは初めて?」

「そう」

「ふーん。何で1人?」

「そういう気分だったから」

あれこれと質問を投げかけてもフワフワし た答えしか 戻ってこない。

何より、オレを一度も見ない。

女のグラスが空になった所で次の質問を投げかけた。

「次の酒はオレに決めさせてくんない?」

「いいわよ。何が出てくるのかしら?」

「ビトウィーン・ザ・シーツ」

その時、顔はそのままで視線がオレを見た。

そして女がニッコリ笑ったのが分かる。

グラスを空にして二人で店を出た。

彼女の手を引いて自分のマンションへ向かう。

エレベーターを降りて鍵を開けて体を滑り込ませる。

ソファの所で彼女は立ち止りバッグを置いてコートを乗せた。

俺も上着を脱いでソファに放り投げる。

すると女はジャケットを脱いでブラウスのボタンを外し始めた。

オレは彼女の前に立ち、その手を止める。

「脱がす楽しみはくれないワケ?」

「そんな楽しみ方するワケ?」

まともに顔を合わせたが、特別美人でも可愛いワケでも無い。

けれど何かがオレを駆り立てた。

「名前、教えてくんない?」

「・・・・・・

「良い名前じゃん?」

「名前に良いも悪いもあるなんて初めて知ったわ」

のハジメテ貰っちゃった」

「依都は私に何をくれるの?」

「知ってたんだ」

「ねえ、お喋りしに呼ばれたの?」

「まさか」

彼女をベッドに押し倒し、唇を貪る。

彼女の体温が上がり甘い香りが立ち上る。

甘く啼く声や、濡れた瞳がオレの全てを煽った。

求めても求めても飢えが満たされる事は無く、何度も何度も抱いた。

生も根も尽き果てた明け方、を抱きしめて眠りにつく。

ライブの後の疲労感と似たような感覚に身を委ねた。



目が覚めて体を起こして部屋を見渡すが、はいなかった。

というか、いたかどうかも分からない程、形跡が無かった。

「マジかよ…」

思わずベッドに沈み込む。

上げた腕を顔の前で組み、力なく溜息を吐く。

その瞬間に自分では無い香りが立ち上った。

紛れもなく「」と言う女が存在していたことになる。

けれど香りが何の役に立つのだろうか。

連絡先を聞いていない事に気付く。

うつ伏せになって枕を抱え込む。

「良い女だったのにな・・・」

不特定多数の相手とベッドを共にしているが、彼女とのSEXは格別だった。

スタイルが良いとか、テクニックがどうとかじゃない何かがあった。

PHANTOMに行けば会えるだろうか?

昨日が初めてと言ってたから、彼女が来店しない限り会う事は無い。

来店したにしても自分がいるとは限らない。

別の店で引っ掛けた別の男と寝るのだろうか・・・

くだらない考えを切り替える為、シャワーを浴びにベッドから出た。



2017/1/19