DAYS
私が泣いたら、君が困るって知ってたんだ
「元気で」
バイバイもさようならも笑顔で言う事が出来なかった。
それでも泣く事はしなかった。
口が悪くても君は優しいから、泣いてる私を放っておけなくて困るって知ってたから。
高校を卒業と同時に父親の転勤で実家の引越しが決まり、大学に行ける距離だったので実家暮らしをしている。
幸いにも両親は口うるさい方では無く、大学生活を満喫出来たと思う。
一応バイト先のピザ屋の店長が「このまま就職して良いよ」と言ってくれてるので選り好みしなければ就職出来そうだった。
そのバイトもしばらくお休み。
私は母校に教育実習に行くことになっている。
「ここの卒業生のです」
朝礼の時にもしたけど、教壇からの挨拶も緊張するものだ。
私の担当は数学で敬遠されがちだけど、分からないところを聞きに来てくれたりするのは嬉しい。
ついでに女の子はコスメの話など聞いてくる。
「先生カレシは?」と言う質問は男女問わずにある。
立候補してくれる男子生徒もいるけどね、さすがに。
本人がいない所で喋ってる会話を聞いてしまったのだが、「は色気が無い」ってヤツ。
男漁りに来たなら努力もするが、生憎私は勉強に来てるのだ。
溜息を付いて職員室の扉を開けて体を入れてから閉める。
自分の席の方を見ると、こちらを見てる眼鏡の男性がいた。
「・・・か?」
「え?」
中澤先生の隣に座る男性が立ち上がって私の前に立つ。
「き・・・君下君?」
私がそう言うと、彼の額に怒りマークが浮かんだ。
あれ?キレちゃってる?
「そうか、君下とは同級生か」
「あ、はい・・・。えっと、それじゃあ」
「待て。連絡先教えろ」
「えーと・・・私は仕事中で」
「言え。覚える」
キレてる君下君に言い訳が通じないのは学生の頃から知っている。
私は1つ溜息をついて電話番号を言い、席に戻った。
けれど仕事に集中出来るはずもなく、これはまずいと思って早目に次の教室へと向かった。
放課後になり、仕事に加えて大学に出すためのレポート等を書いていると、部活も終わっているのか外が真っ暗だった。
私を担当してくれている先生は娘さんが5歳の誕生日らしくて早々に帰って行った。
「なんだ、まだいるのか?」
「中澤先生、お疲れ様です。そろそろ帰ります」
「ああ、そうしろ」
「そういえば順子さんとどうなったんですか?文化祭で歌ってましたよね?」
「ぶふっ!!!!良いから帰れ!!」
湯のみに入ったままの冷たくなったお茶を吹きだした中澤先生に挨拶をして職員室を後にする。
さっさと帰れなんて初めて言われたな・・・と思ったのは後の祭り。
「おせぇ・・・」
出入り口付近で腕組みしている君下君がいた。
連絡先教えた意味無いじゃんって言うのは心の中だけにしておく。
「あ、サッカー部に顔出してたの?」
「ああ」
「えっと・・・帰りたいんだけど」
出入り口に仁王立ちしている彼にそう言うと体をずらして「送ってく」と言った。
並んで歩く道は、あの頃と景色も変わっているけど懐かしい感じがした。
「今日は休みなの?」
「来年うちのチームに入るヤツがいるから見に来た。仕事の一貫だ」
「へぇ・・・」
「お前、男は?」
「はぁ!?何を唐突に・・・」
「唐突じゃねぇ。ずっと気になってた」
「・・・・・・いないけど」
「何だその間は!!!」
「変な事聞くからでしょ!?」
「正直、あのまま付き合ってたらダメになってた」
「・・・・・・そう」
「感謝してる」
「その必要は無いよ」
高校を卒業して彼はプロ入りの道を進み、私は大学生へ。
社会人と大学生の違いは大きい物で、遠距離恋愛なんて上手くいくはずが無くて別れを選んだのは私の弱さだ。
弱音を吐けば彼はそれをどうにかしようと無理をする。
そんな彼を見たく無かった。
気が付くと君下君は足を止め、私を見ていた。
「きみしっ!!!?」
「もう良いだろ」
気が付けば彼の腕の中にいた。
あの頃とは違う間隔に戸惑う。
「な、なにが・・・」
「寄りを戻そうっつってんだよ」
「はぁ!?無理だよ」
「あの頃の俺とは違う。お前が俺の事を考えてくれた様に、今度は俺が支える」
「―――っ!!?」
「おい、返事しろ」
「あつしぃ・・・好き」
「おまっ!?ずるいだろ!!!!」
零れそうになった涙は敦のシャツに吸い込まれ、太くなったウエストに腕を回して力を籠める。
背中に添えられた手が、あの頃よりも優しい気がした。
「あれ?君下さん、まだいたんっすか?」
「「―――!!!!?」」
「あれ?先生?え?二人ってもしかして」
「マジ!!?」
「う、うるせぇ。俺のだからちょっかい出すなよ」
「ちょっかいって」
「先生人気っすよ?」
「色気足りねぇけど」
「お前ら相手に出しても仕方ねぇだろって、も笑ってんじゃねぇ!!!!」
「あははははっ」
高校生相手に向きになる敦は、あの頃と変わっていなかった。
2018/04/06