DAYS

保科拓己

片思いのキス

勝負に絶対はないけれど……想像すらしなかった事態が起こっている最中に試合終了のホイッスルが鳴った。

その瞬間、無意識に涙が零れ落ちて頬を濡らした。

あの保科拓己のいるサッカー部が…負けた?

無敗と言う記録を更新し続けている彼が負けた?

全校生徒で応援に行っていたのもあり、生徒の鳴き声がスタンドのあちこちで聞こえる。

幸いな事に勝利をおさめた対戦校である聖蹟の歓声が、東院の選手に届かないように打ち消してくれている様に思えた。

苦しい。

泣くのって何でこんなに苦しいんだろうか。

当事者じゃない自分がこんなに辛いんだから、フィールドにいる彼等の辛さは計り知れない。

逆に彼等以外、知る由も無いだろう。



受験生と言うのは面倒なもので、勉強以外にも面談やら提出書類の準備やら色々やる事がある。

もっと簡素化すれば受験勉強もはかどるのに。

今日も放課後に残ってあれこれやっていて先生のOKが出たから帰ろうと荷物を取りに教室に向かうけど、生徒なんてほとんど残っていなかった。

「あーあ」

当然ながら生徒がいないから教室の電気は消えていて、肌寒い廊下が更に寒さを帯びている気がしてならない。

溜息をつきながら教室に向かっている途中で視界に人影が見えた。

足を止めたのは自分の教室では無い教室。

出入り口の窓から覗けば「あ・・・・・・」と思わず声が出るほどの意外な人物だったから。

それは私が中学の頃から六年間片想いしている保科拓己だった。

六年と言う歳月が長いか短いか分からないけど、多分初恋と呼べる。

そんな彼が静かに席に座って頬杖をつき、窓の外を見ていた。

私はその教室のドアを開けて、彼の前まで歩いて行く。

彼と接点は無かったんだから彼は私を知らない。

彼の座っている机の前に立った私の気配に気付いた彼が顔を動かして私を見た。

あの保科拓己の瞳に自分が映っている。

ただそれだけなのに感情が高ぶって、その高揚感が常識を打ち消したと思う。

私は腰を屈めて彼へと顔を近づいて行く。

そっと触れ合う唇。

(案外カサついてる・・・)

なんて思ったのは一瞬で。

ゆっくり離れて行く時に目を開けると、驚いた顔をした保科拓己がいた。

「・・・・・・え?あ、ご、ごめんなさい!!!」

我に返って慌てても時すでに遅し。

一目散に教室へ行って荷物を持ち、走って家まで帰った。

「どうしよう・・・・・・」

家に帰ってまずしたのは反省だ。

どうしようと言う単語が頭の中でグルグルしている。

明日謝りに行くべきだろうか?

今までだって関わりがあった訳ではないし、私が動かなければ会う事もないはずだ。

そう言い聞かせるように何度も何度も頭の中で考え続けた。



どうやら自分は小論文が大の苦手らしい。

課題で出されて書いたヤツのダメ出しをされ、夕方を過ぎ夜に近い時間になって終わりを告げた。

放課後「気分転換しに行こう!」ってカラオケに行く約束をしてたのに・・・・・・。

何時に終わるか分からないからキャンセルをしたけど今から行こうか?

でも友達の一人が予備校あるって言ってから長い時間いないでもう帰ってるかもしれない。

それなら「やっぱり行かない」という選択が賢いかもしれない。

無駄にお小遣い使わずに、次に回せばいいだけの事なのだ。

ふらふらと廊下を歩いていて、保科拓己の教室を覗いてみる。

するとまた彼が席に座っていた。

思わずドアを開けて「何で・・・」と言ってしまった。

何でと言われても彼は困るだろう。

何をするのも彼の自由なのだから。

「・・・・・・・・・」

彼は頭を動かして私を捉えるけど、それ以上動かないし喋らない。

何故この間の事を責めないのだろうか?

私の事を覚えていない?

それともキスくらいって事?

何となくイラっとして彼の前まで歩いて行く。

それでも何も言わない。

前回同様腰をかがめて顔を近付けても動かない。

それならば・・・・・・

私は彼が抵抗しないのを良い事に再びキスをする。

触れるだけのキス。

今日も彼の唇はカサついてる感じがした。

ゆっくり唇を離して行き、目を開けると伏せられた彼の長いまつ毛がゆっくり動いたのが分かった。

「何で嫌がらないの?」

「嫌じゃないからな」

嫌じゃないなら誰でも良いのだろうか?

何となく彼の言動が私の感情を逆なでする。

悪いのは自分なのに、彼は何も悪くないのに腹が立って私は教室を後にした。



それからほどなくして受験が終わった。

無事に大学が決まったけど友達は終わって無い人も多くて、大喜び出来ないでいる。

あれから放課後に残る事があっても、移動教室でも保科拓己の教室の前を通る事をしていない。

別のルートから遠回りしてでも通らないでいる。

今日は友達と帰ろうと教室で彼女を待つことにした。

天気も良いし窓際に立ってグランドを見ていた。

グラウンドでは野球部と陸上部が練習している。

サッカー部はスタンドのあるフィールドがあり、ここからじゃ練習風景は見れない。

保科拓己もこんな風にフィールドを走っていたのだろうか?

片想いしていたけど、練習を観に行った事は無い。

何となく照れくさいし、好きだと思い知るのが嫌だった。

けれどこうして見ていると、やはり彼がいる間に観に行けば良かったと思わなくも無い。

「若いって良いね~」

なんて独り言が口から零れ落ちる。

グラウンドにいるのはたった1歳しか違わないのに。

ドアが開いた音がして振り向くと、面談に行った友達が戻ったのかと思ったら保科拓己がいた。

「・・・・・・」

「え?」

彼がこの教室に足を踏み入れた事なんて、自分が知る限りでは一度も無い。

なぜなら、うちのクラスはサッカー部員がいないから。

驚いている間に彼がこちらに歩いてくる。

長い脚だと教室の端から端まであっという間なんだと思った瞬間、顎に指が掛かって上を向かされてキスされた。

相変わらず少しカサついた唇。

離れていく温もりを追う様に目を開けると、長いまつ毛が動いた。

男子なのに羨ましいくらい綺麗な長いまつ毛だ。

「何で・・・」

「キスしたかったから、あんたと」

「何で・・・・・・」

「先にしたのは、あんただろ」

「そうだけど」

「名前は?」



「それは苗字」



「俺は」

「知ってる。保科拓己」

「そうか」

「それだけ?」

「?」

「何でキスしたのか聞かないの?」

「多分俺がキスしたのと同じ理由だろう」

「…うそ」

「嘘でキスなんてしない」

「信じられなくて」

「ならもう一度キスしてみれば良い」

彼の腕が私の腰を引き寄せられてバランスが崩れ、彼の腕に捕まると唇が重なり合った。

それは今までの様なキスではなく、感情が込められた激しいものだった。

「伝わったか?」

「え?あ・・・うん」

保科君が微笑んだ瞬間、窓の外から女の子の悲鳴が聞こえた。

窓の外を見るとギャラリーが出来ていた。

「うわっ!!!!」

「こっち」

腕を引かれてバランスを失うと既に座り込んでいた彼に倒れこむ。

けれど長い腕が私を支えてくれた。

「み、見られた・・・」

「別に構わない」

「女の子の嫉妬は凄いんだよ」

「それでも俺がを好きな事に変わりない」

「・・・・・・っ!!!?」

「真っ赤だ」

「は、恥ずかしいの」

「自分からキスしてきたのに?」

「あ、あれは!熱に浮かされたって言うか・・・んっ・・・・・」

からのキスで好きになったし」

「いや、もう、ね」

「もうしてくれないのか?」

「恥ずかしくないの?」

「全然。何故恥ずかしがる必要がある?」

少女漫画に出て来そうな顔をして、そいつが言いそうな臭い台詞を吐いても恥ずかしがらないなんて・・・

ある意味この人は天然のタラシかもしれない。

明日から大変になるんだろうなー。

それでも好きなんだからどうしようもない。

六年間の片想いが報われるんだから良いのかもしれない。

(帰りにリップクリームを買ってあげなきゃ・・・・・・)

そんな事を心に思いながら彼の肩に手を乗せ、唇を寄せて行った。



2018/05/09