DAYS

君下敦

恋のきっかけ

30手前ともなると仕事もそれなりに重要な事を任され、合コンだなんだの誘いもなくなり、出会いなんて仕事上の付き合いくらいしかない。

一応結婚したいとは思うけど、自分の生活リズムを変えるのも面倒だな~とか、色々するならされたいな~とか、面倒な事ばっかり考えては恋愛から遠ざかっていた。

とりあえず今は仕事で大きなプロジェクトに携わっていて忙しいけど楽しくて仕方ない。

なので家に帰っても仕事をしてたら寝不足になって、会社で「顔色悪いから帰れ」と上司に言われてしまった。

平日の昼間の電車なんて仕事でしか乗らないから気付かなかったけど、それなりに人が乗っている。

学生だったり社会人だったり子連れだったり……子供か………欲しくない訳じゃないけど相手がいないんじゃねぇ。

そもそも出会いがないんだから結婚すら出来る訳ないじゃん!とかネガティブな思考回路になった所で頭を軽く振ったらズキンと痛みが走ったから本当に体調が悪いんだと自覚した。

その途端家にある物を考え始める。

風邪薬や栄養ドリンクは常備してるけど、食材ないじゃん。

多分熱が上がってきたから作ってる場合じゃないな。

駅前のコンビニでレトルトのお粥やゼリーなんかを買えば良いかと考えが纏まった所で最寄りの駅に到着。

改札を出て真っ先にコンビニに向かい、脳内でシミュレーションした物を籠に入れながら「あ、スポドリ」と500ミリを2本も入れると重さがぐっと増した。

会計を済ませてエコバックに詰めた買ったものを肩にかついでとぼとぼ歩く。

家まで15分ってこんなにあったっけ?

一歩一歩重くなる体に困惑しながらマンションのエントランスに。

ポストを見る余裕もなくエレベーターへ。

こういう時に限って1階にないんだよね~とカウントダウンする数字を見ていた。

チンと軽々しく聞こえる音と共にドアが開くと大きな男性が降りて来た……ところでブラックアウトした。



意識が浮上して、人の声がする……とか考えてたら一気に目が覚めた。

がばっと体を起こすと見慣れない景色が広がる。

「え?ここどこ?」

その時、バタンとドアが閉まる音がした。

とりあえずベッドから降りてドアを開けると、玄関から男性が戻ってくる所だった。

「あ、悪い、煩かったか?」

「え?いえ……えっと」

「あんた俺の目の前でぶっ倒れたんだよ。部屋分かんねぇし、とりあえずここは俺の部屋」

「え?あ、ごごごめんなさい!」

するとゆっくりと大きな手が伸びて来て私の額に触れた。

「ひゃっ!?」

「あ、ああ、悪い。でもまだ熱高いから寝とけ」

「へ?いやいや家に帰り……ぐぅ」

と空気を読まない私のお腹が甲高い音で鳴り響いた。

男性は顔を背けながら笑いを堪え「そこ、座っとけ」と言って奥に消えた。

仕方なく私はリビングの真ん中にあるローテーブルの横に座って考える。

この男性は時々擦れ違う人で、良くジャージやスウェットで大きなドラムバックなんかを持ってる人だった。

背は高くてちょっと髪が長めで、眼鏡をかけてる時があったり、目が細くて怖そうだけどイケメンだなって思ってた人。

見まわした部屋はシンプルに物が少ないし、高い家具もないから広く感じられた。

そんな空間に異質なサッカーボールが転がっていた。

「ほらよ。買い物行く前だからこんなのしか作れないけどな」

目の前に出て来たのは卵粥。

「これ……手作り?」

「ああ。朝炊いた飯あったし、卵と青ネギだけだけどな。とにかく食えよ」

「い、いただきます……お、おいしい!」

口に入れた瞬間に出汁の風味が広がって、卵もふわっふわ。

とても男性が作ったとは思えない代物だった。

そんな私を見て満足したのか、彼はまたキッチンの方へ。

多分洗い物とかしてるんだと思う。

私が食べ終わる前に彼が戻ってきて、テーブルに風邪薬と栄養ドリンクとスポドリが置かれた。

「食ったらそれ飲んでまた寝とけ」

「いえ、これ以上ご迷惑は」

「またどっかでぶっ倒れてるかと心配するよりマシだ」

そう言って今度は私が寝ていた部屋へ消えて行った。

私は言われた通りに薬を栄養ドリンクで飲みほした。

するとドサっと音がして大きな塊がリビングに転がった。

「薬飲んだのか?なら部屋行って寝ろ。部屋に俺ので悪いけど着替え置いておいたから着替えろ。あと鍵閉めろよ?」

「ええと、あなたは」

「俺はコレでここで寝る」

そういってさっきの塊を広げると寝袋だった。

「さすがにそれは」

「ゴチャゴチャ言ってると襲うぞ」

「はい、おやすみなさい!」

私は急いでスポドリを持って部屋に戻って鍵を掛ける。

ふと目に入った部屋の時計は24時を過ぎていた。

夕方からしっかり寝たし、他人の家だし、寝れるかな?なんて思いはベッドに入って数分でかき消された。



バタンという音の後にガチャリという小さな音で目が覚める。

視線を時計に移すと7時過ぎだった。

昨日とはうって変わって軽くなった体を起こし、部屋のドアを開けるとジャージ姿の彼が汗だくでリビングに来るところだった。

「起きて平気……んなっ!!!!」

「おはようございます」

挨拶をすると彼の顔が更に赤くなって目を背けられる。

「ん?……あーーーーー!!!!す、すいません!」

私は元の部屋に急いで戻る。

昨日借りたスウェットのパンツは寝ている間に脱げてしまうので途中で履きなおすのを諦めたのだった。

幾ら上が大きいとはいえ、素足を晒してしまったのだった。

私は急いで自分の部屋に着替えて借りた服を畳んでベッドに置く。

そして置かれていた自分の荷物を持って部屋を出て彼に声を掛けて玄関に向かう。

「すいません、本当に色々お世話になりました」

「もう大丈夫なのか?」

「はい、改めてお礼させてください」

「気にしなくていいけどな」

「あ、私は605号室のと言います」

「俺は503の君下敦だ。それとこれ、あんたが持ってたヤツ」

「本当に何から何までお世話になりました。失礼します」

「ああ、まだ無理すんなよ」

「はい」

最後に一礼して私は自分の部屋へ。

受け取ったエコバックには私が買ったであろうスポドリが冷え冷えで入っていたのと、反対側に紙袋が入っていた。

それは近所のパン屋の袋で、いくつものホカホカのパンが入っていた。

多分ランニングのついでだったのかもしれないけど……ますます彼の事が気になってしまったのだった。


2022/10/14