ダイヤのA

成宮鳴

valentine2017

「あ、いた!さん!!」

書類を抱えて廊下を歩いていると、大きな声が名前を呼んだ。

振り向けば予想してた人物が走り寄ってくる。

「成宮くん」

「事務室行ったらいないんだもん!」

先生に用があるの」

彼に背を向けて教員室を目指して歩き出す。

すると成宮くんも一緒に歩き出した。

「明日バレンタインなんだけど」

「そうだね~」

「チョコ頂戴!本命!!」

「あげない」

「何で!?」

「本命じゃないから。それじゃあね」

立ち止った彼をそのままに、教員室をノックして入って行く。

先生に書類のサインを貰い廊下に出ると、彼の姿は無くなっていた。

大学を出て稲城実業高校の経理課に入った。

卒業生だったのと商業科を出ていたのが採用の理由だと思う。

その事務室に様々な手続きに来る成宮くんと知り合ったのは4月の終わりだった。

それ以来、告白まがいの事を言われ続けている。

彼の人柄なのか、周りは「また鳴ちゃんが~」の様な雰囲気で大事にはなっていない。

そもそも彼は5つ年下の高校生だ。

最初は本当に相手をしていなかったのだが、夏の大会を見て印象は変わった。

18歳の弱さと、年齢以上の精神。

彼は時折子供っぽくて、時折ドキっとさせられる程大人の男性なのだ。

なるべく彼と関わらない様にしたいのだが、彼がそれをさせてくれない。

けれどそれも、後少しの事。

後一か月もしないうちに、彼は卒業してプロ野球選手としての道を歩く。

そうなれば私の事などすぐに忘れるだろう。

「鳴ちゃんにチョコ、あげないの?」

「長内さん・・・」

長内さんは私の直属の上司にあたる年配女性。

成宮くんの大ファンらしく、時折彼の肩を持つ言動をする。

「もうすぐ卒業でしょ?思い出に義理チョコくらいあげたら?」

その後に本命でも私は応援するわよと言ったのは聞こえなかった事にしよう。

自分のデスクに座り、仕事を続けた。




バレンタイン当日。

構内はやはり色めき立っている。

稲実は文武両道なのにスポーツは全国クラス。

それゆえ、朝学校へ向かう途中から他校生を見かける。

擦れ違う女の子から「鳴君」の名前が挙がっている。

校内は校内であちこちで甘い匂いがしている。

「おはようございます」

学生はどうだか知らないが、社会人は普通に仕事なのだ。

私はデスクに座り、仕事を始める。

この時期は受験がある為、仕事もハードになるのだ。

なんだかんだしているうちに、放課後になった。

放課後になっても成宮君は来ない。

そして残業を終え、校舎を出た。

「遅い!!!!」

「え?」

通用口の脇の植え込みに鼻を赤くした成宮君がいた。

腰掛けていた植え込みから立ち上がり、ズボンの汚れを払う。

そして私の所まで歩いて来た。

「いつもこんな遅いの?」

「今は忙しい時期だし・・・」

「なに、その顔」

「え?いや」

「だってチョコ貰ってないしー」

「だからあげないって・・・・・・え?」

「なに?」

「チョコ」

「置いて来た」

「え?」

全国区の有名人なのにチョコレートを1つも持っていないのだ。

持っているのは通学鞄のみ。

「本命から貰うのに、義理を持ち歩くのって失礼じゃない?」

「・・・・・・」

「ねえ、さん。俺、本気だから。後2週間ちょいで卒業で、社会人なんだよ?さんと同じ土俵なんだよ?だからちゃんと俺の事、男として見てよ!!」

ガバっと抱き着かれてしまった。

彼の体はコートの上からでも分かるくらい鍛えられている。

それは中途半端に野球をしていない証拠で、これからプロとしてやっていくのだと物語っている。

「はぁ・・・・・・とりあえず離れて」

「イヤだ」

「これじゃあ話も出来ないでしょ」

すると腕の力が抜け、彼と距離が出来た。

そして鞄を開け、包みを取り出す。

「はい」

「・・・・・・え?」

「欲しいんでしょ?チョコレート」

私の差し出した四角い箱を受け取り、私と見比べる。

「マジ?本命??」

「本命にしたいなら、まずは卒業して」

「手作りじゃないの?」

「本命にしか作らない」

箱を見ながら頬を膨らましてブーブー言ってる彼。

こういう所は子供なんだよね~。

1つ笑って彼のネクタイを引っ張る。

「なっ!?」

バランスを崩した彼の唇にキスをする。

すぐに離れると真っ赤な顔をした彼。

「ちょっ!?それって反則!!!」

「真っ赤よ?」

成宮君に背を向け、学校を後にする。

手を繋ごうとした彼を制し、連絡先を交換する。

「覚悟しててよね」

別れ際の彼の台詞は遠からず自覚させられる事になる。


卒業式が終わり校門を出てすぐ、彼に手招きされた。

何かと思って近寄れば、抱きしめられてキスをされた。

「これで公認」

得意気に笑う彼。

やられた感が満載だが、やられっぱなしで終わりたくない。

彼の耳元で思いっきり「好きよ、鳴」と言ったら、やっぱり真っ赤になっていた。


2017/02/07