ダイヤのA

真田俊平

poison

実の所、真田俊平と言う男が大嫌いでした。

何故かと言えば、うちの部室で部活をサボってお茶してるから。

自分はどちらかと言えば不器用で、何でも真剣にやらないと人並みの事が出来ない。

だからサボっても先輩達と上手くやってたりする彼が嫌いなんだ。

しかも顔が良くてモテモテだし。

毛嫌いしてるうちに進級し、彼はエースと呼ばれる存在になった。

何で?あんなにサボってるのに!

ところがしばらくして彼が茶道部に来る事が無くなった。

部活の無い日に普段より遅く教室を出ると、グラウンドで野球部が練習していた。

そこに真田の姿は無い。

という事は、茶道部以外の所でサボっているのだろうか?

「あれ??」

「え?」

振り返ると首にタオルを巻いて、汗だくの真田がいた。

「今日部活は?って休みの日か」

「あ、うん」

「気を付けて帰れよ。じゃあな!」

なんて爽やかな笑顔でグラウンドに入っていった。

そして手にしていたペットボトルとタオルをベンチに置き、今度は走って行ってしまった。

その瞬間、カキーンと言う野球らしい音と共に空を見上げると、真っ青な空が広がっていた。



それからしばらくして、野球部が勝ち続けてる事で全校生徒で球場に応援に行くことが決まった。

休みの日に面倒な事極まりない。

応援に行く事は出欠席にも影響すると言われたら行くしかない。

友達と待ち合わせをして向かったスタジアムに生まれて初めて足を踏み入れると、既に試合が始まってるから「わぁ!」と歓声が上がった。

スタンドからグラウンドを見ると、生徒が走っているのが見えた。

「うちどっち?」

「野球のルールなんて知らないよ。とりあえず先生探して座ろう」

先日配られたプリントを確認し、先生がいる場所を目指した。

そこには薬師の制服を着た生徒がいっぱいいて、先生に出席の報告をしてから席に着く。

野球なんてオヤジ臭いし、高校野球すら見たことがない私からすれば初めての野球の試合。

ルールは分からないけど、同級生とかがグラウンドにいる事に違和感を覚えた。

「薬師高校選手の交代です。4番轟君に代わりまして真田君……」

相手校の生徒が塁にいて真田君がマウンドへ。

マウンドには薬師の面々が集まって何か話している。

程なくしてみんな自分のポジションに戻っていくと、真田君は足元の白い何かを拾い上げてポトリと落とす。

ふっと指先に息を吐きかけると、グローブの中に手を入れた。

「っ!!!?」

その瞬間に見えた眼差しに心臓がドキリとする。

真田君が頷くとスっと背筋を伸ばした。

そして片足が上がり、ボールが放たれる。

カキーンと言う金属音と同時に見上げた顔に釘付けになる。

(あんな真剣な顔、するんだ……)

それから先の事は、あまり覚えていなかった。



1階の角部屋に位置するって言うと良い場所っぽいけど、実は日陰になってる茶道部室。

部活終了間際にコンコンと窓がノックされて後輩がそれを開けると「よう」と真田君がいた。

後輩たちはキャッ!と言って色めきだつ。

にお願いがあるんだけど」

「なに?」

「俺にお茶点ててくんない?」

「は?麦茶なら」

「だからお茶点てて欲しいって言ってんの」

「何でまた」

「今からそっち行くから」とだけ言って窓際から消え、後輩が窓を閉める。

「本当に来るんですか?」

「知らないよ」

「どうしますか?」

「来るかわからないし、みんなは帰って良いよ」

「じゃあ、他のは片付けますね」

片付けを済ませた部員と入れ替えに真田君が入って来た。

そして炉を挟んだ反対側に正座した。

「本当にお抹茶飲むの?」

「うん」

何も言わずに正座したし、まあ、そこに免じて。

抹茶茶碗に前もって篩(ふるい)にかけておいた抹茶を茶杓で椀に入れる。

湯冷まししておいたお湯を入れ茶筅でゆっくりと混ぜる。

茶筅を戻し、椀を真田君に差し出した。

「どうやって飲むの?」

「好きに飲んで構わないけど?元々お菓子も出してないし」

「作法、教えてよ」

ニコニコでも無いし、凄い真面目って顔でも無いけど真剣なのは分かった。

だから私は作法を教えてあげ、彼は大きくて長い指で茶碗を持ち上げた。

時折、男性特有の喉仏が上下するのが見えて慌てて視線を下げ、真田君が「この次は?」と言うまで顔を上げられなかった。

「お茶を飲むだけなのに結構ルールがあるんだな」

「そうだね。でも野球も同じでしょ?」

「まあ、そうなんだけどさ……。足、崩していい?」

「良いけど。私は片付けするよ?」

すると真田君は手をひらひらさせてから、ゴロンと寝転んだ。

寝転んだ人間が「帰れ」と言った所で聞くはずも無い。

だから私は茶器の片づけを始めた。



洗った茶器を戻し、袱紗を鞄に仕舞う。

真田君を見ればあのまま眠ってしまったように動いていなかった。

私は彼の傍らにしゃがみ込み「真田くーん」と呼んだ。

長いまつ毛が揺れたと思ったら視界が揺れる。

「うわっ!?」

「悪ぃ。でもこのまま聞いて欲しいんだ」

気が付けば真田君の胸のあたりに頭が乗ってる状態で、私の背中には彼の腕が回っていた。

逃げ出そうとしたけど反対側の手も背中に回ったのが分かって思考停止。

「試合、応援来てくれてありがとうな」

「お礼言われる事じゃ」

「強制だったけど応援してくれてたし。本当は勝って言いたかったんだけどな」

「お茶点てて?」

「違う。好きだって」

「え?」

驚いて状態を起こそうとしたけど、彼の腕に力が籠って出来なかった。

「顔見られたくないからこのままな」と言いながら彼の大きな手が私の頭をゆっくり撫でる。

「外周サボってここでお茶貰ってさ。その時に真っすぐ伸びた背筋に、お茶をまぜる動作が綺麗だなって思った」

「……」

「それでまあ、俺にも転機があって真面目に練習とかしだしたけど、と会う機会とか激減だし。そうしたらスタンドにがいた。学校行事の一環だってわかってたけど、嬉しかったし、次も応援に来てくれたらなって」

「次?」

「今まで彼女の応援とか興味無かったけど、そういうのもアリかなって。……あーあ、負けて言うとかダッセ」

私の背から離れて行った腕が、彼の顔を隠した。

おかげで私は状態を起こすことが出来て彼を見る事が出来た。

いつも飄々としてるのに、試合中は別人で。

今私の前で見せてる姿も今まで見たことが無くて……。

そこにいるだけで女の子にきゃーきゃー言われる人が私を好き?

「っ!!!!?」

なんかそんな考えしてたら自分が己惚れてるのが恥ずかしくなってきた!

?」

空気が動いて彼が体勢を変えたのが分かる。

それこそ今の顔を見られたくない。

「ちょっ!見ないで!」

「でも、顔真っ赤……ああ、なるほど」

何がなるほどなのよ!って言い返す間もなく彼が目の前にきた。

でも照れるんだな。可愛い」

「ちがっ!」

面白がって真田はどんどん距離を詰めてくる。

大きな手が私の頬に。

が好きだよ」

その瞬間、唇に温もりが重なった。
2019/02/21