ダイヤのA
涙を見せるなら僕の前でだけ
『もしあの時』
生きているうちに、この単語を何回口にするんだろう。
その回数の中で一番悔しいのは・・・・・・全部に決まってる。
『チャンスの神様は前髪が無い』
だからチャンスは必ずモノにしなくちゃいけない。
もしかしたら頭のてっぺんからの髪を掴まず、
迷った一瞬で襟足の辺りの長い髪を掴んでるかもしれない。
考えだしたらキリがない。
個人なら一人悔やめばいいけど、チームプレイだとその人数分悔やむ。
女神ってドコにいんの!?
俺だけに笑ってればいいのにさ!
チェンジアップが浮いてくるのは分かってた。
いーっつも雅さんに言われてるし!
自分でも分かってるから握力の強化もしてる。
予選の時から一気にアップしなくても努力した。
それでも足りない。
「ありがとうって言いたいですね」
雅さんのインタビュー、聞こえちゃったんだよね。
一也が稲実に来ないからキャッチャーは諦めてた。
点を取れば負けないだろうって。
だけどバッテリーを組んで練習を重ねていくうちに、
この人も凄えやって思えた。
「このメンバーで、てっぺん行きたかったのにな」
三年とまともに喋れないだろうから宿から出ていた。
ぼんやりしながら散歩して、そろそろ消灯時間になるから宿に足を向けた。
庭の片隅で空を見上げているがいた。
彼女は二年のマネージャー。
記録係は三年のマネージャー陸さんが入ってた。
(そういえば、コイツ・・・・・・泣いて無かったな)
なんとなく気になって「よう」と声を掛ける。
「あ、鳴・・・」
俺を捉えた瞳が潤んでいた。
でも、泣いた跡はない。
「ごめん・・・」
「何で謝るの?」
「あの時」
「ストップ。今日は早く寝ないとダメだよ。肩も冷えるし。ほら、戻った戻った」
「は?」
「私は・・・・・・兵庫県最後の空を堪能してくから」
「なにそれ」
「いいの!お子様は早く寝なさーい」
そう言って俺の背中をグイグイと押す。
「はいはい・・・。その前に」
体を反転させ、を抱きしめた。
「ちゃんと泣けよ」
「!!!!」
「今なら俺が隠してやれるから」
「・・・なに、それ」
「泣いてスッキリして、また明日からマネージャー頑張れって事」
「・・・・・・バカ鳴のクセに」
そして俺の背にしがみつき、泣き始めた。
俺の胸に顔を伏せ、声を出さないように・・・
きっと皆の前で泣かない様にして、一人で泣こうとしてたんだろう。
だから泣いている間中、俺はぎゅっと抱きしめて背中を撫でていた。
鼻をすすりだし、腕が背中から離れた。
「あ、ありがとう」
俯き加減で鼻と口元を隠しつつ、が喋った。
「スッキリした?」
「うん・・・鼻水ついっちゃったかも」
「えーちゃんと洗ってよね!」
「・・・・・・うん。先、行ってて。顔洗ってからいくし」
やっと俺の顔を見た。
彼女の手を掴んで唇を重ねる。
「泣くときは呼んで!」
「え?なんで・・・」
「その顔、反則・・・・・・ペナルティだからね!!!」
「なにそれ!?」
訳が分からないって顔をしてるを再び力いっぱい抱きしめた。
そして小さな声で、彼女にだけ聞こえる様に囁く。
「泣いてる顔、かわいすぎる」
「!!!!!!」
「だから泣くときは俺の胸限定で」
「だったら、今度は嬉し涙だね」
やっと笑った彼女にもう一度キスをして、
「んじゃ、次はセンバツ最終日にな!」
そう言い残してその場を後にした。
2016/07/21