ダイヤのA

倉持洋一

耳ツブ

【耳ツブ】・・・耳元で呟く・囁く事


朝のラッシュに揉まれている自分。

こんな事の為に東京に出て来たんじゃないのに。

早起きして出社する気にもなれないし、タクシーを使っても金も時間もかかる。

どこかを妥協しないとダメならば満員電車しかないのだ。

仕事は楽しいとは思えないけど、人間関係には恵まれてると思う。

直接指導してくれる女の先輩は優しいし、周りの男性も嫌だと思う人はいない。

大会社ではない中小企業らしい柔らかい雰囲気の会社なのだ。

けれど通勤だけは・・・・・・と思っていたのに。

入社して二か月経たない頃だった。

朝から雨は降ってるしで憂鬱で仕方なかったその日に起きた出来事。

「好きだ」

電車の音に紛れてしまうくらい小さな声。

耳元で囁かれたから聞こえた小さな声が鼓膜をくすぐった。

満員電車の中で振り返る事も出来ない。

けれどその声はセンクシャルな物を感じない、嫌な気持ちにもさせない声だった。

ただ伝えるだけ・・・・・・そう感じた。

けれど相手は本当に私なのだろうか?

誰かと間違えていないのだろうか?

そもそも何故私なの?

何気なく乗ってる電車なのに、そういう風に見てくれている男性がいる?

何だか物凄く恥ずかしくなってきた。

寝起きだし、化粧はげたりしてない?

誰かのお蔭で、私の欝々とした気持ちが無くなっていた。

それからも忘れた頃に、同じ様な事が2度あった。




春と言えばお花見。

うちの会社は結構社で飲みに行く事が多い。

けれど嫌な人がいないからか、飲み会が楽しかったりもする。

ー!ちゃんと飲んでるのかー?ヒャハハ!!」

「飲んでますよ~」

その中でも彼、倉持洋一さんは明るい。

一見ひと昔前の不良を彷彿させる容姿だが、とにかく気が利く面倒見の良い人。

毎回の様に幹事をさせられているらしい。

入社当時から色々気に掛けてくれていた。

そして段々彼に惹かれていく。

気に掛けてくれるのはもしかして?とか思ったりもしたけど、彼は誰に対しても優しいのだ。

最近特に新入社員のさんと仲が良い様で、一緒にいる事が多かった。

今もそうだ。

私は二人を視界に入れたく無くて缶を飲み干し、トイレに行くと場所を離れた。

見上げればそこには視界いっぱいの桜。

皆が見えない所まで歩き、開いていたベンチに腰掛けた。

「綺麗・・・」

ヒラヒラと舞い散る桜。

ふと桜が私の心で、倉持さんへの想いもヒラヒラと消えて行けばいいのに。

?大丈夫か?」

声の方を見れば倉持さんが心配そうに私を見ていた。

私を心配してくれたのだろうか。

そんな事ないかと心の中で落ち込む。

「大丈夫ですよ。ちょっとトイレにいったら桜が綺麗だ ったので 」

「まあ、確かにな」

そう言いながら彼は私の右隣に座った。

肩が付くかつかないかの距離。

このまま彼に抱きついたらどう思われるだろうか。

好きだと告げたら何て返ってくるだろうか。

そんな気持ちを押し込める様に目を瞑る。

聞えてくる他の宴会の声や音。

?」

「・・・・・・」

私が眠ってしまえば彼は此処にいてくれるのだろうか。

それならばもう少しだけ・・・

黙って目を閉じていると、右側の髪が揺れた。

・・・・・・」


声と同時に私の耳に彼の指が触れる。

多分、髪を耳に掛けられたのだろう。

その時だった。

「・・・・・・好きだ」

それはいつもの倉持さんの声より低い、電車で聞こえた声。

「え?」

「っ!!!!起きたのか!?」

「寝てません!というか今の!!」

「な・・・何だよ・・・」

「今の、本当ですか?」

「ね、寝ぼけてんのか?行くぞ」

倉持さんは立ち上がって戻って行こうとする。

そんな彼を追いかけ、背後から抱き着いた。



「好き、です」

「っ!!!!」

「好き、なんです」

「・・・・・・」

ちゃんと伝わる様に・・・

ぎゅっと抱 き着いて、聞こえる様に声を出した。

ちゃんと伝わったのかな?

彼の背に耳を付けていたのを、ゆっくり離す。

すると彼の体が動いて、そのままぎゅっと抱きしめられた。

「好きだ」

耳元で聞こえたのは電車での声と同じだった。

その事も嬉しくて、力いっぱい抱き返した。




「入社してきた時に可愛い子だなって思ってたんだよ。

けど部署も違うし、話す切欠ねえし。けど電車同じだし。

でもいきなり話しかけても変だし。

しばらくしたらお前が具合悪そうでさ。

それが何日も続いたら心配になるだろ?

けど何言っていいか分かんなくってあれこれ考えたら告ってた。

その後、血の気は戻ってるし悪そうな顔してねえし。

まあ、そんな事が何度かあって。

飲み会で話す事が増えたけど、これって決定打もねえしさ。

気付くと渋い顔してるし。で、花見ん時に心配で追いかけて・・・・・・あ。やっぱ忘れろ。今すぐ」

「やだ」

嬉しくなって隣に座ってた洋さんに抱き着くと、不意打ちだったからか後ろに倒れて行った。

けれど絶対に私を放す事はしない。

「いってー。だからいきなり抱きつくなって!!!・・・・・っ!!?」

口は悪いけど優しい洋さん。

そんな彼にキスをする。

すると体が回転して絨毯に押し付けられる。

「お前・・・煽ってんのか?」

「・・・・・・そうかも?」

「クソッ・・・調子に乗ってられんのも今のうちだかんな!!!」

口の悪さと裏腹な優しいキスに、私は目を閉じて受け入れた。



2017/04/14