ダイヤのA
いっそこの腕の中だけが世界であればいいと思う
いつもいつも『兄』である事を求められてた気がする。
強要された訳では無いけれど、そう思い込んでいたのかもしれない。
高校三年間は野球に打ち込む事で逃げられた気がするが、
結局のところ死ぬまで・・・いや、死んでも『兄』である事は変わらない。
大学に入って付き合ったマネージャーの子。
その子にも『兄』を求められている気がする。
「亮介なら出来る」とか「亮介なのに出来ないなんて」とか。
もう2年と言う歳月を『恋人』として過ごしているが、今では野球部の連中といる方が多いかもしれない。
恋人は最近バイト先で知り合った男の名前が会話に良く出てくる。
このまま自然消滅でも良いかな?
話し合うのが面倒だし、俺から言うとプライドの高い彼女は『別れない』と言う選択をしそうだ。
それは更に面倒くさい。
恋人の為に割く時間が面倒なんだから、恋人と呼べないだろう。
そんな時、2つ年下の野球部のマネージャー、と話す機会があった。
それはバーベキュー大会の時。
下級生部員の間を行ったり来たりする彼女を見ていた。
きっと彼女は俺の次に収まる恋人の物色をしているんだろう。
嫉妬の感情は湧き上がって来ず、冷静に見てる自分に苦笑いする。
「あ!小湊先輩焦げてますよ!!?」
の声で手元を見ると、黒い煙が目に入る。
「あ・・・ごほっ・・・」
「大丈夫ですか!?」
差し出されたハンカチを受け取り、口元を押さえる。
すると優しくて甘い香りがした。
「真黒焦げですね」
フワッと笑った彼女が手に持っているハンカチの香りの様な優しい顔をしていたのが印象的だった。
それからしばらくして、大会が始まる。
前の日から風邪を引いたのか体調が芳しくない。
そんな時に試合に出ても打率が上がらない。
「おいおい亮介らしくないな」
「どうしちゃったの?亮介が」
同期のヤツラに言われるのもだけど、恋人に言われるのも腹が立つ。
もう何もかもがめんどくさい。
ロッカールームで着替えを済ませ、早々にそこを出る。
球場を後にして駅に向かっていると、前からが走って来た。
そして俺の前で止まり、胸に手を当てて荒れた息を整えている。
「あ!小湊先輩」
「何抜け出してるの?」
「え?あ・・・すみません」
「いいよ、俺は先に帰るから」
「あ!待ってください!」
彼女の横をすり抜けようとするけど、声が俺を引き留める。
面倒ながらも振り返れば、コンビニ袋が差し出された。
「何?」
「えっと・・・栄養ドリンクと風邪薬と鍋焼きうどんです」
「は?」
「なんだか体調が悪そうだったので・・・・・・あ!出しゃばり過ぎてごめんなさい!!」
手を引こうとする彼女の手首を掴んで引き寄せた。
ポスンと倒れこんでくる彼女を抱き留め、柔らかな唇を奪う。
その瞬間、前と同じ柔らかくて甘い香りがした。
「ちょっ!?熱ありますよね!!!?早く帰って寝てください!!!!」
「・・・・・・って変わってるよね」
「いやいや普通ですから」
「普通だったら彼女がいるのに何でキスするんですか?とか言わない」
「あー・・・まあ、体調が弱ってると気持ちも弱りますから。でもこういう事は先輩にしてください」
先輩にはナイショにしておきますとか続いたけど、別に喋っても構わないと思っている。
「あーあ、のファーストキスじゃないんだ」
「違います!!じゃなくて帰って寝てください」
「看病してくれないの?」
「だからそういうのは先輩に」
「知られたくないんだよ」
「え?」
「だから、うどん、作ってよ」
「無理です。戻らないといけないんで。私で遊ぶ余裕あるから大丈夫ですよ。気を付けて帰ってくださいね」
はまた走っていった。
その背中を、なんとなく見えなくなるまで見ていた。
「・・・・ん、りょうすけさん・・・起きてくださーい」
ペチペチと言う音と共に頬に痛みがある。
目を開ければ俺を見下ろしているがいる。
あれから付き合ってた彼女に別れを告げ、を口説き落とした。
「彼氏の顔を殴るなんて。キスで起こしてよ」
「知ってます?膝枕しながらキスは出来ないんです。よっぽど背中が柔らかくないと」
「って女の子らしくないよね」
「どうせ女らしさの欠片もありません。そんなのと付き合ってるの誰ですか?」
「俺。女の子らしさであって、女としての魅力はあるよ」
上体を起こして彼女の首に手を当てて引き寄せる。
唇を重ねながら舌を絡ませていく。
「んっ・・・」
漏れ出る吐息は俺の欲情を煽るのには十分なものだ。
そのまま圧し掛かる様にして押し倒す。
Tシャツの裾から手を入れると、彼女の手がその先を拒んだ。
「ちょっ!!ここ大学の中庭ですよ!?」
「そうだね」
「そうだね・・・じゃなくて!!これから部活」
「お前は俺より部活を選ぶんだ?」
「それ、亮介さんが言います?」
「なに?ヤキモチ妬いてるの?」
「はぁ・・・」
多分、前の彼女がいるからだろう。
けれど俺は彼女の前で俺でいられない。
だけが俺を「小湊亮介」でいさせてくれる存在なんだ。
純の帰省に合わせて集まった場にを連れて行った。
他にも彼女連れがいたので、彼女は退屈しないで済んで楽しかったらしい。
そこで哲に言われた。「久しぶりに見る『小湊亮介』だな」と。
確かに高校1年の時は自分の事だけで手一杯で『兄』でいる事は無かった。
学年が上がれば後輩が入り、また『兄』の顔になってたのかもしれない。
「亮介さん?」
下から見上げてくるにキスを落とす。
そして腕を引いて立ち上がる。
「それじゃあ、部活に行きましょうか」
「キスしてくれたらね」
「亮介さんて、甘えたがりですよね」
「それでは甘やかしてくれるんでしょ?」
「私が甘えたい時はどうすれば?」
首をかしげるを抱きしめる。
これから部活が始まれば他の男の面倒も見る訳で。
彼女の世界なんて、いっそこの腕の中だけが世界での全てであればいいと思う。
「この腕の中にいれば良いんじゃない?」
「じゃあ、少しだけ」
そう言って俺の腰に腕を巻き付けてくる彼女。
ほんと、このまま時間なんて永遠に止まっちゃえばいいのに。
2017/04/10