ダイヤのA
君の鼓動に包まれて眠る
高校を卒業して4年が経った。
すぐにプロ入りし、新人王のタイトルを獲った。
タイトル獲得の期待は年々高まってゆく。
期待をされるのは良い。
目立つのは好きだから。
マウンドに立つ瞬間の緊張感、
後押ししてくれる声援。
けれどプレッシャーは感じている。
打ち消すには練習しか無いのは子供の頃から理解してる。
それから逃げられない事も・・・
「な、成宮選手・・・ですよね。握手して貰っても良いですか?」
「いいよ~♪」
外でファンに会えばサインや握手や写真を求められる。
そこで笑顔を張り付けていないといけないのがプロだ。
自分の調子が悪い時、これが一番キツイ。
先輩の奢りで入った焼肉店を後にする。
送ってやると言った先輩に断りを入れ、タクシーを拾い目的地を告げる。
タクシーの中でも「成宮鳴」を演じていなければならない。
おっさんの話に付き合いながら目的地に着く。
おつりの代わりに領収書を貰い、車を降りる。
建物で明かりが点いている部屋は数えられるほどだった。
目的の部屋も電気は消えている。
エントランスをくぐり、キーケースから鍵を取り出しそれを差し込む。
開いたドアを抜け、7の数字を押す。
ゆっくりした時間が長く感じられるのは、自分がイラだっているからだろう。
703のドアノブに鍵を指しこみ、解除する。
オートライトの電気が妙に眩しい。
上着を脱いでソファーに投げ、寝室のドアを開ける。
暗闇の中ベッドが盛り上がっているのが見える。
上掛けを捲り、眠っている彼女を抱きしめる。
「ん・・・鳴?」
「ごめん、起こした」
本当はごめんなんて思ってない。
心の底では起きて俺を見て、声を聞かせて、その柔らかい体を抱きたい。
でも彼女にも生活があって、それは不可能な事。
「お帰り、鳴。お疲れ様」
そう言って俺の体を抱きしめて、背中を撫でてくる。
本当なら子供扱いすんな!って言いたいけど言わない。
彼女の「お疲れ様」には試合の労いだけでなく、「成宮鳴」を演じてる自分にだと気付かれているから。
彼女の体を抱きしめて体制を変える。
俺の上に来た彼女の目を見て「からキスして」と言えば
微笑んで「良いよ」と言い、少し唇が開かれて重なる。
カサついた唇を舐められ、舌が入り込んでくる。
彼女からのキスは欲を煽るものではなく、癒しのキスだ。
体をおろし、再び抱きしめる。
胸元に耳を当て、彼女の心音を聞く。
自分からは分からないけど、きっとは聖母マリアの様な顔をしてるに違いない。
2016/08/08