ダイヤのA
壁ドン
子供の頃テレビで放送されていた高校バスケの決勝戦。
接戦の試合を制したのは稲城実業という学校だった。
それからミニバスを始め、中学でもバスケ部に所属。
稲実は学業のレベルも高いので、常にそれを意識していた。
部活を引退後も勉強に力を入れて推薦を取れるまでになった。
そして入試に合格。
稲実の制服が届いた日は、興奮して眠れなかったほどだ。
入学してから知ったのだが、今のバスケ部はそんなに強豪ではなくなっていた。
なので都大会を勝ち抜けるかどうかと言うほど。
私は経験者として1年でベンチ入りが出来る程だ。
そして今の稲実で一番強いのは野球部。
毎日の様にくる報道陣の目当てはバッテリーらしい。
三年の原田さんに二年の成宮さん?
そんな事を隣の席の多田野が言って(力説)いた。
それは二年に上がった今でも変わる事は無く、多田野から聞かされていた。
けれど私は野球には興味が無かった。
今の私の関心は新一年に入って来た180センチのセンター。
彼女が入部してからリバウンド合戦で勝てるようになった。
練習次第では全国にも行けるだろう。
毎日部活が楽しくて仕方なかった。
けれど毎日部活だと疲労から怪我に繋がる事もあるのでオフの日がある。
今日はそのオフだ。
短い髪は結構マメに手入れをしないとバッサバサになるので、この日に合わせて美容院の予約をした。
寮で着替えて敷地を出る。
美容院を終えて駅前のスポーツショップで新しいリストバンドとテーピング等を買う。
敷地に入ってもまだ金属音が鳴り響いている。
まだ野球部が練習しているのだろう。
何となく野球部のグランドに視線をうつした。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
視線を移した瞬間、こちらにあるいてくる部員がいた。
金髪?白髪?の様な髪色のイケメン系男子。
こんなのもうちにいたんだ。
このまま見てるのも失礼だと思い、会釈をして通り過ぎる。
「それ、差し入れ?」
その部員が私の持っている物を指差した。
「は?」
「俺のファンじゃないの?こんな時間に」
「いえ、あなたが誰かも知らないんですけど」
「えーーー!!!!!!うちの生徒で俺を知らないの!!?」
「ちょっと鳴さん、大声出し過ぎですよ」
「樹」「多田野」
「「え?」」
「ああ、。今日練習休みじゃなかった?」
「そうだけど・・・」
「樹、誰?」
鳴と呼ばれた人物は私を見下すようにして、多田野に答えを求めた。
「クラスメートのです」
「ふーん・・・」
鳴と言う人は私を見ながら横を通り過ぎていった。
「何かしたの?鳴さんに」
「誰だか知らないって言っただけ」
「え?あんなに話してたのに」
「ああ、野球部の先輩の。あれが?」
「あれって・・・。あの人が都のプリンスって呼ばれてる人だよ」
「ふーん・・・まあ、どうでもいいや。それより多田野は行かないの?」
「あーーー!!!!!それじゃあ、また明日」
私も多田野に背を向けて、寮に戻った。
「ちょっと!!!」
あれからと言うもの、擦れ違う時などに成宮先輩に声を掛けられる事が増えた。
最初は多田野の所に来たついでに、教室移動の時に、それこそ周りから注目もされる。
正直言って迷惑だ。
「ちょっと多田野、あの先輩なんとかして」
「出来るならしてやりたいけど」
「デスヨネ」
運動部において上下関係は大事なのだ。
という事で私は休み時間毎に教室にいるのをやめた。
昼休みも友達の所に行って食べる。
教室移動も最短距離ではなく、遠回りをしていくなど。
おかげで成宮先輩と会う事も無くなった。
そう思っていた。
そしてそれが油断だったのか分からない。
今、目の前には怒ってる成宮先輩がいるからだ。
「なに避けてんの?」
「避けてなんか」
「避けてんじゃん!!」
部活が終わって寮に戻ろうとしていたら、その途中に成宮先輩がいた。
そして腕を掴まれて部屋に連れ込まれた。
多分野球部の部室。
背中に当たったのは冷たいロッカーで、目の前には成宮先輩。
彼の両腕は私が逃げないようにか閉じ込めるような形でロッカーに手を付いている。
所謂壁ドン状態。
「何で避けるのさ」
「避けてなんか」
「まだ嘘つくならキスするよ?」
「え?」
顔を上げると真剣な顔をした彼。
顔を上げる?
『都のプリンス』なんて呼ばれてるから小さくて可愛いイメージがあった。
けれど目の前の人は私が見上げなければ視線すら合わない。
肩幅も広いし、腕もしっかりと筋肉が付いている。
「っ!!!!?」
そう思ったら物凄く恥ずかしくなった。
「なに真っ赤な顔してんの?」
「・・・っ!!?」
ニヤっと笑った成宮先輩の体が近付いてくる。
私を押し潰すように密着しそうになる体を、なんとか手を入れて拒む。
けれどその腕を取られてロッカーに押し付けられた。
密着する体。
ガッチリとした鍛え抜かれた体なのが分かる。
「へぇ・・・って着痩せするんだ」
「なっ!?」
「ねえ、何で?」
「だってめんどくさくて」
「はぁ!?なにそれ!!!!」
「そんな!?」
「俺の事好きになっちゃえよ・・・」
小さい声で囁かれた台詞。
その意味を考える前に重なる唇。
彼の温かさが私の中に染み込んでいく。
唇を重ねたまま、絡められた指に力を込めた。
2017/05/01